茶の味

2004/05/12 メディアボックス試写室
石井克人監督の新作は小津安二郎を思わせるほのぼのコメディ。
ゆったりしたテンポが気持ちいい! by K. Hattori

 快作『鮫肌男と桃尻女』でデビューした後、監督第2作目『PARTY7』で僕をガッカリさせた石井克人の最新作。前作と同じような自己満足だけの映画だったらイヤだなぁ……と思っていたら、今回の映画はじつに楽しかった。ひとつの家族を巡るコメディなのだが、映画の中にはじつにいろいろな要素が詰め込まれていてまるで飽きることがない。何段重ねにもなった重箱の弁当のように、フタを開けるたびに次々に新しい何かが飛び出してきて観客を楽しませてくれる。2時間半近い上映時間を、僕はまるで長いと感じなかった。

 物語の舞台になっているのは、山間の小さな町(ロケは栃木県茂木町で行われている)暮らす春野家。父親のノブオは催眠療法士。妻の美子は自宅でアニメーターの仕事をしている。離れに住んでいる祖父も元アニーメーター。長男ハジメは高校1年生で、転校生の鈴石アオイに一目惚れ。小学1年生の長女幸子は、自分の巨大な幻が見えることに悩んでいる。春野家にちょくちょく出入りしているのが、東京でスタジオミキサーの仕事をしている美子の弟アヤノ。ノブオの弟轟木一輝は人気漫画家だ。

 映画はこうした春野家とその周辺人物たちの、本人たちにとっては平凡だが、第三者が見れば非凡な日常を、小さなエピソード群として描いている。物語と呼べるような大きなドラマはない。幸子が逆上がりの練習をしたり、ハジメがなんとかアオイと親しくなろうとするなど、映画全体を使って描かれる時間のかかるエピソードもあるが、ほとんどは短時間で描かれる小話みたいなエピソードになっている。

 こうしたバラバラのエピソードをまとめ上げているのが、舞台となっている春野家周辺の雄大な田園風景だ。桜の大樹があり、田や畑があり、大きな川が流れている。こうした風景描写が、超個性的なエピソード群を優しく包み込む揺りかごの役目を果たしている。各エピソードも、あまり語りすぎないのがいい。どれもこれもちょっと説明不足かなと思わせる尻切れとんぼで、その尻切れとんぼなエピソードが観た者の心に余韻を生む。各エピソードの結末に明確な「オチ」がないのだ。映画に描かれた以上のことは、観客が想像して補うしかない。そしてそれを想像するだけの時間を、映画がちゃんと観客に与えている。映画を観ている側が見えない「オチ」を何となく気持ちの中で補いながら、映画を見続けることができるゆったりしたテンポが、何とも言えず心地よい。

 クスクス笑いは常に絶えないのだが、爆笑ポイントも幾つかある。でもどこで笑うかは、人によって違うだろう。(僕はスタジオで武田真治がポロリと発した一言が爆笑のツボに入ったのだが、試写室中がここで笑ったというわけではない。)笑いの方向性としては『鮫肌男と桃尻女』や『PARTY7』の延長だと思うが、どことなく小津安二郎のコメディに似た感じもする。『小早川家の秋』かな。

夏公開予定 シネマライズ
配給:クロックワークス、レントラックジャパン
宣伝:キネティック、Grasshoppa!
2003年|2時間23分|日本|カラー|ヨーロピアン・ビスタ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.chanoaji.jp/
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