『アモーレス・ペロス』のメキシコ人監督アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが、ショーン・ペン、ナオミ・ワッツ、ベニチオ・デル・トロを主演に招いて撮った新作映画。『アモーレス・ペロス』は同時進行するいくつかのエピソードをバラバラにして継ぎ合わせたような構成になっていたが、この『21g』もそれは同じ。それどころかバラバラ具合はさらに細かくなっていると思う。『アモーレス・ペロス』がぶつ切りかざく切りだとしたら、今回の映画は小間切れかみじん切りだ。エピソードの断片は時系列も空間も飛び越えて過去と未来と現在が自由自在に結びつき、大きな物語を少しずつ組み立てていく。霧の中から風景がゆっくりと浮かび上がってくるように、全体が少しずつ少しずつおぼろげな中から浮かび上がり、最後はくっきりと全体に焦点が合う衝撃!
約2時間の映画なのに、上映開始から1時間を過ぎても物語の全体像がまったくわからない。何が起きているのか、これから何が起きるのか、チンプンカンプンなまま映画はどんどん進んでいく。ときおり時計をちらちら盗み見ながら、「のこり時間で本当に映画が終わるのか?」と不安になるほどだった。しかしこれが、きちんと終わるのだからすごい。しかも映画を観終わった時、わからないということがないのだ。あれほどエピソードを切り刻んでおいて、それでもちゃんと最後には物語の全体が隅々までわかる構成と語りの妙技。しかしこれは脚本と演出の力だけで生まれた映画でもないだろう。出演している俳優たちが、小さな断片のようなシーンのひとつひとつに命を吹き込んでいるのだ。
舞台劇の延長だった映画が、映画独自の話術を獲得したのは「カットバック」や「モンタージュ」の発見によるところが大きい。映画は時間と空間を自由自在に移動して、そこに映画でしか作り出せない意味を生み出せるのだ。イニャリトゥ監督は『アモーレス・ペロス』でもこの『21g』でも、カットバックとモンタージュの名人芸を見せる。あるシーンから別のシーンに飛躍したことで生まれる観客の心の揺れ動きを知り尽くし、そこで立てた波風を意のままに大きな流れへと誘導していくのだ。
ただしこうした物語編集の凄みを差し引いてしまうと、この映画のストーリーにはやや強引さも感じられる。ショーン・ペン演じる心臓病の男が、ナオミ・ワッツ扮するドナーの未亡人に引き寄せられていく動機付けが弱いのではないだろうか。ほとんどの心臓病患者はドナーに感謝しつつも、探偵を雇ってその正体を突き止めようとはしないはず。なぜこの映画の主人公は、わざわざそんなことをしたのか。映画はこの経緯を省略してしまうのだが、これが映画を観終わった後も小さな疑問として残り続ける。
苦労の末に巨大なジグソーパズルが完成したら、重要な部分に欠けたピースがあって最後まで落ち着かない……という感じに似ている。
(原題:21 Grams)
DVD:21g
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