Carmen. カルメン

2004/01/15 メディアボックス試写室
スペインのビセンテ・アランダ監督が描く原作に忠実な「カルメン」。
カルメンとは悪女の原型イブの異名なのだ。by K. Hattori


 小説家メリメが実話をヒントにして書いた「カルメン」を、原作に忠実に映画化した愛と情欲のドラマ。同じ小説をもとにしたビゼーのオペラは事件の主人公であるホセとカルメンの物語のみを描いているが、この映画では原作と同じく語り手がホセやカルメンと別々に出会った後、逮捕され死刑判決を受けたホセからこれまでのいきさつを聞くという構成になっている。監督は『女王フアナ』のビセンテ・アランダ。「カルメン」は演劇や映画の世界でこれまで繰り返し何度も演じられてきた物語だし、本場スペインで映画化するとはいえ、今さらどう新しい映画になるのかと怪しみもしたが、映画は人間の宿命を描く素晴らしい悲劇に仕上がっていた。

 欧米では文学的な伝統として、人類最初の女「イブ」と神の母である「聖母マリア」というふたつの女性モデルを持っている。イブは愚かさから悪魔の手先となって、男を誘惑堕落させた悪女の典型。それに対して聖母マリアは、罪に堕ちた人間たちの祈りを神に仲介して救済する慈愛に満ちた存在だ。女性が持つあらゆる悪徳は、すべてイブに端を発している。それに対して女性の持つありとあらゆる美徳は、すべて聖母マリアの属性だ。イブと聖母マリアは女性像というコインの裏と表であり、世の中のありとあらゆる女性は両者の間のどこかに位置している。この映画の女主人公カルメンは、典型的なイブ型の女として描かれる。

 カルメンをイブとして描くのは監督も十分に意識していたことのようで、映画にはイブと対極にある聖母マリアがしばしば登場する。カルメンに誘惑されて悪に引き込まれそうになるホセは、そのたびごとに聖母マリア像に救済を祈るのだ。だが彼はイブであるカルメンの魅力にどうしても負けてしまう。マリア像が象徴する人間の理性や知性は、カルメンが発散する本能的な欲望に打ち勝つことができない。

 オペラ版「カルメン」ではイブ=カルメンの反対側にいる聖母マリア型の女として、ホセの婚約者ミカエラという人物を作っている。だがこの映画にミカエラは登場しない。かわりに登場する聖母マリアは、生身の女ではなく木彫りの彫像なのだ。ホセがいよいよカルメンを刺し殺すクライマックスで、ホセはカルメンを聖母マリア像の前に突き出して自分に屈服することを強いる。これはカルメンに「聖母マリアのように生きろ」という意味だろう。だがホセが理想とする聖母マリアは、息の通わぬ木像ではないか。人間は木像にはなれない。ホセはカルメンを刺し殺して祭壇に捧げることで、彼女を自分の理想とする聖母マリアの位置に置くことができるのだ。

 この映画は男性が女性に対して抱く聖母マリア幻想を、カルメンというキャラクターを通して批判している。カルメンは男たちの聖母マリア幻想に付き合わず、自分自身の人生を生きて死ぬ。だがそんなカルメンは、男たちにとってやはりたまらなく魅力的なのだ。

(原題:Carmen)

3月上旬公開予定 ル・シネマ
配給:クレストインターナショナル
2002年|1時間58分|スペイン、イギリス、イタリア|カラー|シネマスコープ|ドルビー・デジタル
関連ホームページ:
http://www.crest-inter.co.jp/carmen/

DVD:Carmen.
原作:カルメン(メリメ)
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