バーバー吉野

2004/01/09 映画美学校第2試写室
町中の小学生がみんな同じ髪型の地区に東京から転校生が……。
子供たちの生態がいきいきと描かれた佳作。by K. Hattori


 第13回PFFスカラシップ作品として製作された、荻上直子監督の長編デビュー作。山間にある小さな田舎町。その町では男の子たちが全員「吉野ガリ」という統一した髪型にする風習があった。町の小学生たちはそんな自分たちの生活を、別に奇妙だとも何とも思っていなかった。ところがそんな町に、東京から坂上君という転校生がやってくる。茶髪でイカス髪型の坂上君に、女の子はみんな夢中。それを面白く思わない他のクラスメイトたちは、「あいつも吉野ガリにしない限り仲間に入れてやんない」と坂上君をのけ者にするのだが、そんな彼があるものをきっかけにして暮らすの悪ガキ仲間のメンバーに迎えられた。こうなるとそのメンバーたちも、「俺たちも吉野ガリは嫌だ」と言い出して……。

 若い女性監督のデビュー作としては演出がこなれていて、男の子たちの描写などにも「あるある、こういうことってあるよ!」という共感がもてる。子供にひとつの髪型を強制して、それに何の疑問も持たない大人たちというのも、保守的で閉鎖的な町ではあり得そうな気がする。この映画は前半から中盤までがじつに面白い。しかし町に現れた異分子である坂上君が悪ガキ連の仲間に入ったあたりから、物語はあらぬ方向に逸脱し始めてしまう。なまじそれまでの描写が丁寧できめ細かだっただけに、中盤以降は作り手の思う方向にストーリーを引っ張っていこうとする作為が目立ってしまい、それまでの繊細な世界が損なわれてしまったように感じる。

 奇妙な髪型の強制という出来事を、そのまま「こういうことがあった」と突き放して描き続けられれば面白かったのに、この監督は「無意味なことの強制は悪いことだ」という価値判断でストーリーを展開してしまった。悪いことに子供たちが反抗するのは当然であり、その反抗は断固として支持されなければならず、また観客には支持されるはずだという思いこみ……。これが映画後半の弱さになっていると思う。

 そもそも世の中の大半の事柄は、だいたいからして無意味なのだ。「なぜ?」「どうして?」と理由を問い始めたら、ありとあらゆることがその根拠を失ってしまう。吉野ガリは確かにバカバカしい。山の日の行事でハレルヤ・コーラスを歌うのも確かに奇妙だ。しかし得てして独自の文化や文明というのは、その奇妙さの上に成り立っているのだ。

 学校からも地域社会からも問題児扱いされている坂上君の家庭生活が、まったく映画で描かれていないのは奇妙だと思った。坂上君はあの家に、たったひとりで暮らしているのだろうか。ここを描いていくと離婚家庭や母子家庭に対する偏見の問題などが出てきて映画が別方向に流れ出す可能性もあるが、逆に子供世界の大らかさを描くこともできたはず。これは台詞だけでもいいから、軽く触れておいてほしかった。

 後半の弱さを差し引いても、全体としては面白い映画。監督の次回作に期待だ。

春休み公開予定 ユーロスペース
配給:ユーロスペース
(2003年|1時間35分|日本)
関連ホームページ:
http://www.eurospace.co.jp/

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