かげろう

2003/10/21 GAGA試写室
ドイツ軍の攻撃から逃れた母子が出会った少年の正体は……。
エマニュエル・ベアール主演の異色戦争映画。by K. Hattori


 1940年にドイツ軍がパリを攻撃し始めると、多くの市民が戦火を避けるためパリを脱出した。戦争で夫を亡くしている教師オディールも、13歳の息子フィリップと7歳の娘カティの手を引いてパリを逃れる。車に積めるだけの荷物を詰め込み、避難民でごった返す街道をノロノロと一路南へ。だが避難民の列はドイツ軍の戦闘機に攻撃され、オディールたちは偶然近くにいた少年イヴァンの手助けで、かろうじて車を捨てて森の中に逃げ込むことができた。車は荷物を載せたまま炎上。オディールと子供たちはイヴァンを頼りながら、森の中にある一軒の空き家にもぐりこむ。その家の主人たちは戦争を避けて避難しているようだ。近隣の村もすべてもぬけの殻。オディールはどこか得体の知れないイヴァンに反発を感じながらも、彼と一緒にこの空き家で当座の生活を始めるのだった……。

 ジル・ペローの自伝的小説「Le Garcon aux yeux gris」を、『溺れゆく女』のアンドレ・テシネ監督が脚色・演出した戦争映画。ヒロインのオディールを演じるのはエマニュエル・ベアール。謎めいた少年イヴァンを演じるのは、これが初主演映画となったギャスパー・ウリエル。この映画は戦争映画ではあるが、戦闘シーンはまったく描かれない。ここで描かれているのは、平和なときならきわめてむごたらしく残酷なものに思える「死」が、ごく近い場所に忍び寄り日常と同化してしまう戦時下の生活だ。そこでは死が突然訪れる。道を歩いていれば死体がごろごろ転がっている。自分も今日死ぬか、明日死ぬかわからない。人々はそんな「死」の存在に慣れっこになっている。

 オディールたち母子3人は、そもそも「父親の戦死」という現実を抱え込んでいる。死んだ父親を象徴するのが、フィリップの持っていた形見の腕時計。これがイヴァンに手渡されることで、彼は一家の父親に代わって一家を保護する役目を担わされる。死者の肩代わりだ。こうしてオディール一家は「父の死」という束縛から逃れ、「死」の影をイヴァンに譲渡したとも解釈できる。死にとりつかれたように、路傍の戦死体から様々なものを盗んでくるイヴァン。彼の宝物は、死者からはぎ取った戦利品ばかりだ。もちろんその中には、オディール家の父親の時計も含まれている。

 「死」の化身のようなイヴァンに守られていたオディールたちは、通りかかった兵士たちから戦争の終わりを知らされる。映画の中に久しぶりに登場する生きた人間。こうして物語に風穴が空く。安定した「死」の支配の終わり。それを取り繕うように、互いを求め合うオディールとイヴァン。ふたりの営みが少しゆがんだ形になるのは、その行為が新しい「命」を生み出すことのないものである証明だ。なんとも痛ましい愛の行為。だがそんな関係は唐突に終わる。イヴァンはそのまままっすぐに、「死」の世界へと引き込まれていくのだ。

(原題:Les Egares)

正月公開予定 シネスイッチ銀座
配給:ギャガ・コミュニケーションズGシネマグループ
宣伝:ギャガGシネマ海、クレストインターナショナル
(2003年|1時間35分|フランス)
ホームページ:
http://www.gaga.ne.jp/strayed/

DVD:かげろう
関連DVD:アンドレ・テシネ監督
関連DVD:エマニュエル・ベアール
関連DVD:ギャスパー・ウリエル

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