延安の娘

2003/09/26 松竹試写室
文化大革命の下放政策が生み出した中国の悲劇。
涙あり笑いありの力作ドキュメンタリー映画。by K. Hattori

 中国陝西省の延安に、何海霞(フー・ハイシア)という若い農婦がいる。彼女が生まれたのは、中国が文化大革命に揺れ動いていた1972年冬。両親は北京から下放されていた学生だった。下放学生にとって恋愛は御法度。妊娠や出産がばれれば反革命罪で労働改造所送りになる。かくして生まれたばかりの海霞は産婆を介して近くの農家に引き取られ、彼女の両親は生まれた我が子を延安に残したまま北京に帰ってしまった。養父母のもとで育った海霞は18歳の時、自分が下放学生の子供だったことを知らされる。22歳で近くの農家に嫁ぎ、翌年に男の子を産んで嫁としての勤めを果たした海霞は、「私も本当のお父さんとお母さんに会いたい!」と強く願うようになる。やがて彼女は元下放学生たちのコネを通じて、北京に暮らす実の父と再会することになるのだが……。

 NHKのディレクターとして数々のドキュメンタリー番組を手がけてきた池谷薫が、初めて手がけた劇場用ドキュメンタリー映画。何海霞という女性の両親捜しを通して、文化大革命と下放政策が生み出した悲劇を立体的に浮かび上がらせていく。ストーリーとしては「離ればなれになっていた父と両親が再会できるか否か」という物語。しかしドラマは途中から娘の側を離れ、文革で下放された元学生たちの心の傷をたどるものへと変化していく。ここでクローズアップされるのが、延安に残った元下放学生・黄玉嶺(ホアン・ユーリン)という男だ。彼は海霞の両親捜しに東奔西走するこの映画のもうひとりの主役。彼もまた海霞の両親と同じく、下放された農村で同じグループの女子学生と恋をして相手を妊娠させていたのだ。彼の場合はそれが途中で発覚して、子供は強制的に中絶させられ、彼自身は反革命罪で労働改造所に送られたという経験を持っている。

 事実は小説よりも奇なりと言うが、この映画はまさにその言葉通り。親子の再会という太い中心軸がまずあり、幼い頃から辛い人生を送ってきた何海霞というヒロインがいる。最初は無力に思えた父親のキャラクターが、映画の後半になるとずんずん強靱なものへと変化していくドラマもある。そして黄玉嶺という強力な脇役が抱えた人生のドラマ。彼が北京に持ち込んだ過去の遺恨と、そこで明らかになる意外な過去と新たなミステリー。時の流れの残酷さ。面子のために身動きとれなくなる農村の人間関係。同じ経験を持ちながらもまっぷたつに割れる歴史への評価。最後に海霞が母親と再会できるか否かというスリル。歴史の悲劇が生み出す重い現実。過去を乗り越えて新しい人間関係を築いていこうとする、人々の強さと優しさ。

 下放学生の悲劇については『シュウシュウの季節』など何本かの映画が作られているが、それらは文革や下放を「過去の悲劇」として描いていたように思う。しかしこれは過去の問題ではなく、中国にとって「今この時」も続く問題なのだ。

11月11日公開予定 東京都写真美術館
配給:蓮ユニバース、パンドラ
宣伝・問い合わせ:蓮ユニバース
(2003年|2時間|日本)
ホームページ:
http://www.en-an.com/

DVD:延安の娘
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