天使の肌

2003/08/29 映画美学校第2試写室
俳優ヴァンサン・ペレーズの長編映画監督デビュー作。
遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」が原作か? by K. Hattori

 原作にはクレジットされていないが、この映画は遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」をフランスで映画化したものである。たとえ脚本家が遠藤周作の本を読んでいないと言い張っても、僕はそんなことを絶対に信じない。「わたしが・棄てた・女」の読者であれば誰であれ、この映画のヒロインのアンジェルは森田ミツだと言うに違いない。もちろんグレゴワールは吉岡努だ。この映画は「わたしが・棄てた・女」のきわめて忠実な映画化と言える。同じ小説を日本で映画化した浦山桐郎の『私が棄てた女』や熊井啓の『愛する』よりも、この映画はずっと原作に忠実な映画化になっているのは驚くべきことだ。

 貧しい家庭から口減らしのように家政婦の仕事に出されたアンジェルは、真面目なだけがとりえの野暮ったい田舎娘だ。そんな彼女が、ある日グレゴワールという青年に出会う。暗い顔をしたグレゴワールは母親を亡くしたばかり。そんな彼を慰めるように、アンジェルは彼と一夜を過ごす。彼女にとってこれは運命の出会い。だがグレゴワールにとって、それは単に一夜の慰めを得る行為に過ぎなかった。その後グレゴワールは、働き始めた製薬会社で社長の娘と親しくなって結婚することになる。一方アンジェルはグレゴワールのことを忘れられないまま、殺人事件の共犯者という疑いをかけられて刑務所に入れられてしまう。やがて犯罪の疑いが晴れたアンジェル。だが彼女は刑務所で働いていた修道女たちのもとに身を寄せて、奉仕の仕事に情熱を傾けるようになるのだった……。

 僕はアンジェルが刑務所を出て修道女たちを訪ねるあたりまで、この映画が「わたしが・棄てた・女」の翻案だということに気づかなかった。しかしそれに一度気づいてしまうと、アンジェルのその後の運命は見えてしまう。森田ミツが「さいなら、吉岡さん」とつぶやいて息を引き取ったように、アンジェルもグレゴワールの名をつぶやいて息を引き取るのだ。他にもこの映画と「わたしが・棄てた・女」の共通項は多い。これは偶然の一致では片付けられないレベルだと思う。

 森田ミツならぬアンジェルを演じているのはモルガン・モレ。彼女を抱いて棄てるグレゴワールを演じているのはギョーム・ドパルデュー。俳優として数多くの作品に出演しているヴァンサン・ペレーズの初監督作であり、脚本は監督である彼自身とカリーヌ・シラ、ジェローム・トネールの共同名義になっている。

 丁寧に作られた感動的な映画であり、少なくとも熊井啓の『愛する』よりは何倍もいい映画だと思う。ただしプレス資料を見ても遠藤周作や「わたしが・棄てた・女」について一言も説明がないのはおかしい。遠藤周作の著作権管理者は、この映画の製作者にきちんとした説明とクレジット表記を求めたほうがいいと思う。遠藤周作はフランスでもよく知られた日本人作家らしい。「わたしが・棄てた・女」にも仏訳があるのかも。(※)

(原題:Peau d'ange)

※読者からの指摘によると、「わたしが・棄てた・女」にはやはりフランス語訳があるそうです。本国フランスでも一部マスコミで、この映画が遠藤作品の翻案だという指摘がなされたとか。(2003.09.01)

10月公開予定 新宿武蔵野館
配給:アスミック・エース
宣伝・問い合わせ:樂舎
(2002年|1時間28分|フランス)
ホームページ:
http://www.asmik-ace.co.jp/

DVD:天使の肌
原作?:わたしが・棄てた・女(遠藤周作)
関連CD:黒いワシ〜ベスト・オブ・バルバラ
      「小さなカンタータ」収録

関連DVD:ヴァンサン・ペレーズ監督
関連DVD:モルガン・モレ
関連DVD:ギョーム・ドパルデュー

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