さよなら、クロ

2003/07/11 銀座シネ・ラ・セット
長野県の高校に現れたイヌの実話を松岡錠司監督が映画化。
オリジナルのドラマ部分が貧弱でイヌに負けてる。by K. Hattori

 1961年冬。長野県の進学校・松本深志高校に、1匹の野良犬が迷い込んだ。人懐っこいその犬はクロと呼ばれて生徒や教師たちに親しまれ、やがて「学校の犬」として職員名簿にまで載る存在となり、12年後に亡くなった時は全校生徒とOBを集めて葬式まで行ったという。「職員会議に出た犬・クロ」(現在は「職員会議に出たクロ」という題名で文庫化)という本にまとめられたこの幸福なイヌの物語を、松岡錠司監督が脚色・監督した実録青春ドラマだ。ただし物語に登場する高校生たちのドラマはフィクションだろう。タイトルは『さよなら、クロ』だがイヌが主役の物語ではなく、多感な高校時代を送る若者たちの人生に、学校で飼っているイヌが少しずつからむ話になっている。

 主人公たちがデートで観る映画が、最初は『卒業』(67)、その次が『俺たちに明日はない』(67)、そして10年後の再会で再び通りかかった映画館では『ロッキー』(76)が上映されている。このラインナップからもわかるとおり、映画『さよなら、クロ』は実際の事件とは微妙に時代をずらしたところで物語を作っている。おそらく1961年生まれの松岡監督にとって、自分が生まれたその年の青春ドラマはピンと来なかったのだろう。映画の中に描かれる「十年後」こそが、ちょうど松岡監督自身の高校時代と重なり合う。妻夫木聡や伊藤歩が演じる本来の主人公の高校時代より、十年後の高校生たちの方が生き生きしているのはそのためだと思う。

 この映画は脚本に少しチグハグなところがあって、イヌの物語と高校生たちの物語がうまく馴染んでいないように思う。イヌの視点で物語が始まったのに、途中から高校生たちの三角関係のドラマになり、しかもそこから急に10年も物語が飛んだりする。イヌの話と人間のドラマは映画の終盤でうまく合流するのだが、それでも結局は、どちらの話も中途半端なまま終わってしまったような気がしてならない。個々のエピソードには優れた場面もあるのだが、全体を通すとエピソードが細切れになって、大きな流れとしてつながっていかない。

 青春ドラマがあまり熱くならず、さらさらと流れていくのは構わない。しかし押さえるべきところはきちんと押さえておかないと、ドラマの心棒がぐらついて落ち着かなくなる。亮介・雪子・孝二の三角関係や、その後のもどかしい気持ちのすれ違いなどは、もっと強く押してほしい。ここで「口に出せないやるせない気持ち」のフラストレーションを十分に蓄積しきれていないから、最後に雪子の気持ちが言葉となって吐き出されるシーンのカタルシスが乏しくなってしまうのではないか。

 イヌの芝居は素晴らしい。クロが亡くなって用務員役の井川比佐志が別れの言葉をかけるシーンにも感動した。でも肝心の青春ドラマ部分がやけに薄味。何度か涙は出たが、映画を観終えた後の満足度は低いものだった。

7月5日公開 銀座シネ・ラ・セット他
配給:シネカノン
(2003年|1時間49分|日本)
ホームページ:
http://www.sayonara-kuro.com/

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DVD:さよなら、クロ
主題歌「青春の影」収録CD:2000(ミレニアム)ベスト―チューリップ
サントラCD:chant (Unknown Soup & Spice)
原作:職員会議に出たクロ(藤岡改造)
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