六月の蛇

2002/12/13 アミューズピクチャーズ試写室
人妻のもとに突然送られてきた盗撮写真と携帯電話……。
塚本晋也監督の新作は、いつも通り痛い。by K. Hattori

 東京郊外のモダンな一戸建て住宅が、辰巳夫妻の家だ。夫の重彦は中年のサラリーマン。妻りん子は一回りも年下で、昼間は電話による心の相談窓口に勤めている。別に夫婦仲が悪いわけではないが、最近はいわゆるセックスレスの関係。これはこれで、安定した夫婦関係なのだ。だが暗い空から重たい雨が降りしきる6月、りん子は自分宛に送られてきた郵便を見て愕然とする。そこには部屋の中で、ひとり自分の身体を慰めているりん子の姿が写されていた。誰かが物陰から、じっと自分を見つめているという恐怖。しかも自分のあられもない写真を撮られてしまった。写真に同封してあった携帯電話からは、少し前に電話相談を受けた男の声が聞こえてくる。「写真とネガを返してほしかったら、俺の言うとおりにするんだ」……。

 塚本晋也監督の最新作。青みがかったモノクローム映像の中で、3人の男女のエロスがぶつかり合って激しく火花を散らす。電話の男に脅迫されるりん子を演じるのは黒沢あすか。重彦を演じるのは人気コラムニストの神足裕司。電話の男を演じるのは塚本監督本人だ。物語だけを見ると普通のストーカーもののように思えるかもしれないが、これはそれほど生易しい話ではない。電話の男はりん子を脅して意のままにしようとする卑劣な脅迫者だが、同時にりん子の心と体を解放していく救世主でもある。夫の重彦もそんなふたりの関係に触発されるようにして、自分と妻との関係を問い直さざるを得なくなる。塚本作品の常で、こうした人間性の変化は大きな苦痛を伴う。登場人物たちは精神的にも肉体的にも責めさいなまれ、のたうち、血を流しながら、新たな段階へと精神的な進化を遂げていく。

 貞淑な人妻が見知らぬ男に脅迫されて淫らな行いを強要されるが、彼女はこの好意の中で自らを解放させる……。これだけだと安っぽいポルノ映画みたいだが、塚本晋也がこのプロセスを描くと、ヒロインの心身両面に渡る苦痛がびしびしと画面から伝わってくる。リモコン式のバイブレーターが体内で振動し始めた時、ヒロインはボディに強烈なパンチを食らったボクサーのように身体をねじ曲げ、苦しげなあえぎ声を漏らす。それは快感とは程遠い苦痛だ。バイブは彼女の内臓をかき回し、立っていることが困難なほどに彼女を内部から打ち据える。こうした苦痛の果てに待っているのが、彼女の精神的な覚醒となるひとつの叫び。それは喜びの声ではない。彼女が精神的に新たな段階に入ることを示す、獣の咆吼にも似た第2の産声なのだ。

 この映画は旧約聖書のアダムとイブの物語を思い出させる。電話の男はイブを誘惑するヘビだ。誘惑に乗って禁じられた実を食べたイブは、それを自分の夫にも差し出す。罪に堕ちたアダムとイブはイノセントな楽園(セックスレスな状態)を追われ、苦痛に満ちた荒野で激しく互いを求め合う。

2003年春公開予定 シネ・アミューズ
配給:ゼアリズエンタープライズ
(2002年|1時間17分|日本)
ホームページ:http://www.asnakeofjune.com/

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