ふたりのトスカーナ

2002/11/14 東宝第1試写室
両親を亡くした姉妹が親戚宅にやってきたのだが……。
第二次大戦末期のイタリアの悲劇。by K. Hattori

 1943年夏。交通事故で両親を亡くした幼い姉妹ペニーとベビーは、母の妹である叔母を頼ってフィレンツェまでやってくる。叔母のカッチョンはその地で資産家ウィルヘルムと結婚し、マリーとアニーというふたりの娘と暮らしていた。豊かな自然と優しい人々に囲まれ、伸び伸びと羽を伸ばすペニーとベビー。だが時は第二次大戦末期だ。連合軍の上陸でイタリアは連合軍に解放された南部地域と、ムッソリーニが支配する北部に分断される。そんな中で叔母夫婦の暮らす屋敷はドイツ軍に接収され、大勢のドイツ兵がやってくる。叔父のフルネームはウィルヘルム・アインシュタイン。隠しようもないユダヤ系の名前だ。地元の司祭は彼に逃げろと警告するのだが……。

 イタリアの作家ロレンツァ・マッツェッティが自らの子供時代の体験をもとに書いた自伝小説をもとに、主としてテレビで活躍しているアンドレアとアントニオのフラッツィ兄弟が脚色・監督したドラマ。孤児となったマッツェッティが妹と共に身を寄せたアインシュタイン家は、天才物理学者アルバート・アインシュタインの親戚筋にあたるという。

 考えてみるとこの映画は、第二次大戦で中心になり得なかった人々を描いている。物語の舞台や主役になっているのは、第二次大戦の枢軸同盟三国の中で最も早く戦争から手を引いてしまったイタリアで、しかもフィレンツェは地方都市、舞台はその郊外の田園地帯、屋敷の主人はユダヤ系、映画の主人公はその屋敷に寄宿する親戚の幼い子供たち。戦争という巨大な暴力は、こうした辺遠の地にも容赦なく手を伸ばしてくる。映画の主人公になっているような弱い者たちは、その暴力の前で身をすくめているしかない。

 映画の中では屋敷の主人がユダヤ系だということを、映画の終盤まであからさまにしない。姉妹が最初に屋敷に到着した日の晩餐の会話で、知人のユダヤ人がスペインに逃げていったことが示唆されているし、その後も少しずつ叔母夫婦の心情が語られる場面はあるのだが、屋敷の主人一家の姓がアインシュタインであることはずっと伏せられたままだ。それはなぜか。主人公の姉妹や屋敷の使用人たち、それに近隣の人々にとっても、屋敷の主人がユダヤ系であることは何の不都合もないことなのだ。アインシュタイン氏は地元の名士であり、近隣住民から尊敬され、慕われている人物だ。

 イタリアに反ユダヤ感情がなかったとは言わない。それはロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』にも描かれている。(ちなみにこの映画の舞台もトスカーナ。)だが少なくとも『ふたりのトスカーナ』において、イタリア人の中にある反ユダヤ感情はあまり強く描かれていない。それどころか、屋敷に駐留するドイツ人の中にも反ユダヤ感情はないように見える。それだけに、この映画の幕切れがあまりにも残酷に思える。

(原題:Il cielo cade)

2003年正月第2弾公開予定 シャンテシネ
配給・宣伝:アルシネテラン
(2000年|1時間42分|イタリア)
ホームページ:http://www.alcine-terran.com/

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DVD:ふたりのトスカーナ
原作:ふたりのトスカーナ
関連DVD:イザベラ・ロッセリーニ

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