理髪店主のかなしみ

2002/09/18 シネカノン試写室
廣木隆一監督お得意の変態純愛ムービー。主演は田口トモロヲ。
犯罪ミステリー風に味付けされたある愛のドラマ。by K. Hattori

 映画監督は何でも屋ではない。ごくまれに「何でも来い!」という雑食性の職人監督が存在するが、それ以外のほとんどの監督には得手不得手というものがある。また一見すると何でも撮っているように見える人でも、じっくりと作品を観察すれば、そこにはやはり得意分野や苦手な領域というものがあるものだ。その点では逆に「私はこの分野なら誰にも負けません!」という専門店型の映画監督の方が、作り手の姿勢としてはずいぶんと正直なものだと思う。

 この映画を撮った廣木隆一監督は、「変態セックスを撮らせたら日本一!」の監督だ。『不貞の季節』でSM作家と妻と編集者の倒錯した三角関係のドラマを描き、『東京ゴミ女』では片思いの相手の出したゴミを集めて分類する切ない女心を描ききった。その彼が今回は、脚フェチ理髪店主の純愛を描く。主演は「プロジェクトX」のナレーションで毎週日本中を泣かせている田口トモロヲ。この俳優は時としてアクセル全開の怪演に突っ走ることがあるのだが、今回の映画では淡々とした抑えた演技で、変態男の純情を繊細に演じている。

 少年時代に美人家庭教師から受けた折檻が原因で脚フェチのマゾ男になってしまった理髪店主は、いつも店の前を通る美脚の若い女性に、かつて自分の快楽を開拓してくれた家庭教師と同じ匂いを感じる。秘かな片思い。だが彼女は、店の常連客の愛人だった。その客は理髪店主にヒゲを剃らせながら、自分と愛人がいかに激しいセックスをしているかを得意気に語って聞かせる。理髪店主の中に生まれる嫉妬心。やがて憧れの女性が、思いがけず理髪店主の手元に転がり込んでくる事件が起きるのだが……。

 物語自体はハードボイルド・ミステリー風。謎めいた美女に惹かれる主人公。彼女の愛人は裏社会のボス。ヒロインはボスのもとから逃れようと主人公に助けを求めるが、非力な主人公は彼女に何もしてやれない。やがて主人公のもとに、彼女から助けを求める悲鳴にも似た電話。取るものもとりあえず彼女のもとに向かった男は、そこで思いがけない光景を見ることになる。この話の骨組みだけなら、そのまま少しアレンジしてコーエン兄弟が監督したって十分に通じるような話なのだ。ところがこの映画は、それを微妙にねじ曲げていく。この主人公が求めているのは、愛するヒロインを手に入れることではない。ヒロインは主人公の抱える妄想を具現化する存在であって、機会があるなら対象は英会話の講師でも構わない。ただしこの男の強烈なフェティシズムは、対象となる女性と対象外の女性をきれいに峻別する。気のいいSMの女王様に主人公が目移りしないのはそのためだ。

 人は恋愛対象を愛するのではなく、時として自分の恋愛妄想を満足させてくれる相手を強く求める。それは本当の愛ではないかもしれないが、欲求が強くなればなるほど、それは本物の愛以上に愛の本質に近づいていくように思う。

2002年10月上旬公開 テアトル新宿(レイト)
配給:スローラーナー
(2002年|1時間37分|日本)

ホームページ:http://www.slowlearner.co.jp/movies/rihatuten/

Amazon.co.jp アソシエイトDVD:理髪店主のかなしみ
原作:理髪店主のかなしみ
関連DVD:廣木隆一監督
関連書籍:ひさうちみちお

ホームページ

ホームページへ