たそがれ清兵衛

2002/08/22 松竹試写室
山田洋次監督初の本格時代劇は、藤沢周平初の映画化作品。
お家の事情に翻弄されるサラリーマン武士たち。by K. Hattori

 平成9年(1997年)に亡くなった人気小説家・藤沢周平の短編小説「たそがれ清兵衛」と「竹光始末」「祝い人助六」をもとにした、山田洋次監督初の本格時代劇映画とのこと。時代小説の人気作家として多くの作品がテレビドラマ化されている藤沢周平だが、映画作品として映像化されるのは今回が初めてのようだ。主演は『写楽』『助太刀屋助六』の真田広之と、『豪姫』『遊園驚夢/華の愛』の宮沢りえ。前衛舞踏家の田中泯が、主人公と対決する剣豪役で映画初出演している。この人は当然ながら初めて観たのだけれど、全身から発する妖気のようなたたずまいには迫力があった。

 山田洋次監督は、この映画で支配者としての武士階級を描いているわけではない。ここに登場するのは上役の顔色をうかがい、藩内の派閥争いに一喜一憂するサラリーマンの写し絵としての武士たちだ。主人公の清兵衛は出世や栄達を願わず、ただ自分と家族の幸せを噛みしめることに喜びを見出すマイホーム主義者だが、彼の“特殊な才能”が上役たちに目を付けられ、好むと好まざるとに関わらず、彼は危険な仕事を押しつけられることになってしまう。それは命に関わる危険な仕事。誰もが嫌う汚れ仕事だ。だが「これは藩命である。藩命すなわち藩主の命令であるぞ!」と上役に迫られてはどうしようもない。家族の生活をたったひとりで支える清兵衛は、この命令を断ってお役目を返上し、家族を路頭に迷わせることなど許されるはずもないのだ。

 この物語は維新を目前に控えた幕末が時代背景だ。藩の命令に従ったとて、その藩そのものが、藩を支える幕藩体制や武家政治そのものが、ほんの2,3年後には消滅してしまうのだ。東北の小藩の藩士たちも、そうした世の中の動きに無関心ではいられない。清兵衛も侍の世が間もなく終ることを肌で感じている。それなのに、藩の重役たちはいまだつまらぬ御家騒動を繰り広げている。間もなく消滅してしまうことが見えている藩の命令で、人をひとり斬らねばならぬ清兵衛の後ろめたさとやるせなさ。一方斬られる側に立った者も、やはり時代の流れをひしひしと感じている。「俺は逃げる」と男は言う。「逃げて数年たてば世の中は変わる」と言う。共に宮仕えの不条理を味わい尽くしたふたりの男の運命は一瞬交わり、しかしそれでも刃を交えざるを得なくなる不合理。

 ほとんど滑稽としか言いようのないこの手の不合理は、今も日本のあちこちで起きていることだと思う。サラリーマンは明日会社が潰れるとわかっていても、今日は会社に出かけていつもどおりに仕事をする。朝のニュースで会社の倒産を知っても、とりあえず通勤電車に揺られて遅刻せずに会社に駈け込もうとする。潰れかけた会社の中でも派閥抗争は熾烈を極め、自分の進退に一喜一憂する人々がいる。そんな悲しいサラリーマンの習性は、江戸時代から何も変わらないのかもしれない。

2002年11月2日公開予定 丸の内ピカデリー1他・全国松竹東急系
配給:松竹 問い合せ:松竹、ビー・ウィング
(2002年|2時間9分|日本)

ホームページ:http://www.shochiku.co.jp/seibei/

Amazon.co.jp アソシエイトDVD:たそがれ清兵衛
主題歌CD:決められたリズム
原作:たそがれ清兵衛(藤沢周平/「祝い人助八」も収録)
原作:竹光始末(藤沢周平)
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