ナビゲーター
ある鉄道員の物語

2002/07/15 シネカノン試写室
民営化された英国鉄道の保線労働者たちを主人公にした社会派ドラマ。
合理化の陰で安全性が犠牲にされる実体を描く。by K. Hattori

 日本で国鉄が分割民営化されてJRになったのは'87年のことだが、鉄道発祥の地とも言うべきイギリスでも'93年に英国鉄道民営化法が制定されて、鉄道員たちはそれぞれの管区にある会社に所属することとなった。民営会社になれば、経営の効率化と競合企業との競争が不可欠だ。この映画に登場する保線会社でも、今まで管区間で融通しあっていた人員はそれぞれ所定の配置に戻されたり、タイムカードの刻印を厳重にチェックするなど、労働管理が強められていく。かつて会社と労働者の間で作られてきた数々の協定も、新会社に移行した途端にすべてが反故にされてしまう。文句を言う連中はクビにしろというのが新会社の方針だ。会社に吹き荒れるリストラの嵐。保線作業員として誇りを持って仕事をしてきたベテランたちが、次々に会社を辞めていってしまう。活気にあふれていた職場は、あっという間に閑散としてくる。

 会社を辞めた連中は身分が不安定ながらも給料の高い職業斡旋会社に登録し、自前の道具を抱えて現場から現場を渡り歩くようになる。だがそこでは、作業員の技術レベルにバラツキがあるし、コスト引き下げのために常に人手不足。作業を優先すれば安全確認はおろそかになる。現場監督にその点で文句を言えば、斡旋会社にクレームが届いて次の仕事を回してくれなくなる。作業員たちは現場の不都合に目をつぶって、黙々と作業をこなしていくしかない。

 ケン・ローチ監督の新作は、元鉄道員ロブ・ドーバーのオリジナル脚本を映画化した社会派ドラマ。ドーバーは鉄道員として英国鉄道の民営化とその後に吹き出した数々の矛盾を間近に見聞し、その実体験をもとにしてこの脚本を書いたという。会社の民営化後に職場で起きる数々の出来事は、じつにリアルに描かれている。同時にそんな職場で働く労働者たちの生活環境も、じつに丁寧に描写されている。職場環境が激変する中で、会社を去るべきか否か。即座に見切りを付けて新しい仕事を見つける連中もいれば、そうした冒険を避けて同じ職場に留まるものもいる。だがやがて職場の閉鎖が決まる。仕事がないのに、勤務時間中は職場にいなければならないという不合理。僕も別の業種ながら似たような経験をしたことがあるので、この映画に登場する人々の姿には共感し、身につまされるものがあった。

 この映画は鉄道の民営化そのものに反対しているわけではないが、民営化をきっかけにして労働者の雇用環境が明らかに悪化し、それによって労働者の雇用の安定も、安全の確保もなおざりにされていることを暴き出す。自由競争は悪いことではないけれど、長年そうした競争にさらされることなく保護されてきた業種が突然競争の世界にはいると、必要以上に競争が激化して、そのしわ寄せが弱い立場の者に降りかかってしまうということかもしれない。たぶん似たようなことは、日本でもたくさん起きているのだろう。

(原題:The Navigators)

2002年8月下旬公開予定 シネ・ラ・セット
配給:シネカノン
(2001年|1時間36分|イギリス、ドイツ、スペイン)

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