ピアニスト

2002/01/18 銀座ガスホール
中年ピアニストの恋愛幻想が現実の前に木っ端微塵になる悲劇。
イザベル・ユペールの熱演は鬼気迫る迫力。by K. Hattori

 厳格な母親の監督下でピアノ演奏家として育てられ、婚期を逃した中年の音楽教師エリカ。女としての喜びをあきらめ、つかの間の性的幻想の中に小さな慰安を見出していた彼女は、ピアノ演奏家としての才能に恵まれた美しい青年ワルターに言い寄られて大きく心を動かす。女性としての喜びを忘れて芸術一筋に生きようとしていたヒロインが、情熱的な恋に身を投じることで自らの殻を破っていく珠玉のラブストーリー……ではなく、まるでそのパロディのように辛辣な心理劇。女流作家エルフリーデ・イェリネクの小説を、『ファニーゲーム』のミヒャエル・ハネケが脚色・監督。主人公エリカを演じるのはイザベル・ユペール。青年ワルターを演じるのは、私生活でも年上の女性にモテモテの売れっ子俳優ブノワ・マジメル。エリカの母をアニー・ジラルドが演じている。2001年のカンヌ映画祭でグランプリ(現在パルムドールに次ぐ賞。審査員特別大賞とも呼ばれる)の他、主演女優賞と主演男優賞を受賞した話題作だ。

 ヒロインのエリカは芸術家としての地位を守るため、男性との接触を徹底して拒んできた女性だ。それは母親がそうした生活を望んだということでもあるし、エリカ自身が男性との恋愛や結婚生活より、芸術家として生きることを望んだということでもある。彼女は男性と実際の恋愛をすることなく、自分の妄想の中で男性との官能的な愛を想像するだけだ。妄想の中の愛は常に現実離れしたものだが、エリカの場合はそれが極端に劇的なものへとエスカレートしていく。それはマゾヒスティックな妄想として、エリカの心を支配する。レッスン室で生徒たちにサディスティックに振る舞うエリカは、現実から離れた妄想の中では男に暴力を振るわれ、いたぶられ、涙を流すか弱い女性に変身する。そんな彼女の目の前に、愛を告白する若く美しく才能あふれる男が現れたとき、エリカの心の中に封じられていた「妄想」が外部に噴出する。それはエリカ自身にも制御できない奔流となって、ワルターという対象にぶつかっていく。だが妄想の中のマゾヒスティックな性愛は、現実とは大違いなのだ。

 誰だってドラマチックな恋がしたいと願っている。それは10代の少女でも、20代のOLでも、40代のピアノ教師でも同じなのだ。だがそこで育まれた恋愛幻想は、実際の恋愛体験によって少しずつ現実路線へと修正されるものだ。だがエリカは違う。彼女の妄想は思春期から中年に至るまで、一度も「現実」にさらされることなく幻想のまま大きく膨れ上がってしまうのだ。

 この映画でもっとも残酷なのは、ヒロインの幻想が初めて現実に触れた処女喪失シーンではない。幻想が現実の前にもろく崩れ去ったとき、エリカはさらに劇的な恋の結末を演出するためにある計画を企てる。だがその劇的な演出は、現実の前にさらにショボイ結末を迎えてしまうのだ。苦痛に歪むエリカの表情は、「こんなはずじゃなかったのに」という驚きの顔に変わる。なんという結末。こんなに残酷な恋の映画は初めて観たよ。

(原題:LA PIANISTE)

2002年2月2日公開予定 シネスイッチ銀座他
配給:日本ヘラルド映画

(上映時間:2時間12分)

ホームページ:http://www.herald.co.jp/

Click here to visit our sponsor

ホームページ

ホームページへ