夜になるまえに

2001/07/19 松竹試写室
キューバの亡命作家レイナルド・アレナスの伝記映画。
ハビエル・バルデムがすごい芝居を見せてくれる。by K. Hattori

 1990年にニューヨークで客死したキューバの亡命作家レイナルド・アレナスの生涯を、『バスキア』のジュリアン・シュナーベル監督が映画化。主演は『電話でアモーレ』『ライブ・フレッシュ』『ペルディータ』などに出演しているスペインの人気俳優ハビエル・バルデム。映画はアレナスの自伝「夜になるまえに」をもとにしているが、アレナスの他の著書や関係者たちの証言なども物語に盛り込まれている。映画の主な舞台はキューバ。しかしこの映画には『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』や『ビバ!ビバ!キューバ』のような、サルサ・ミュージックでノリノリのハッピーなキューバは描かれない。ここに登場するのは、共産主義革命政権によって芸術家たちの活動が厳しく制限され、ホモセクシャルであるという理由だけで逮捕され刑務所に送られてしまう暗くて恐いキューバだ。革命家として今もキューバ国家元首の座にいるカストロは、自由を求める人々を弾圧する頑迷なファシストとして描かれる。別に反カストロ映画ではないのだが、キューバ政府に徹底して弾圧された作家を描けば必然的にそうなってしまう。

 シュナーベル監督は彼自身が画家ということもあって、アレナスの生涯を「権力に弾圧される芸術家の物語」として描いている。アレナスが迫害された要素のひとつには彼がホモセクシャルだったということもあるのだが、この映画の中では同性愛の描写を控えめにしてある。また実在のアレナスは亡命後に反カストロ運動を行うようになるのだが、この映画では主人公の政治的な言動も控えめに描写されている。主人公はまず詩人であり、詩人は芸術家であり、芸術家には魂の自由が必要だ。主人公が同性愛者であることは、彼の魂の自由を象徴する属性のひとつでしかない。同性愛者がすべて芸術家になるわけではないし、同性愛者がすべて魂の自由を求める闘士というわけでもないだろうが、同性愛者をただそれだけの理由で弾圧する社会で同性愛者であることを貫こうとすれば、同性愛者は反権力の闘士にならざるを得ない。

 スペイン人俳優のハビエル・バルデム、フランスの俳優オリヴィエ・マルティネス、イタリア人のアンドレア・ディ・ステファノなどに加え、ジョニー・デップやショーン・ペン、マイケル・ウィンコットなどハリウッド映画でも顔を知られるアメリカ人俳優たちがそれぞれ印象的な役柄で出演。こうした個性的顔ぶれを、巧みにまとめ上げるシュナーベルの映画監督としての手腕は確かなものだと感心した。前作『バスキア』では彼にとってごく身近な人々を描いたシュナーベル監督が、今回は表面的にはまったく接点のないキューバの芸術家を描いて成功している。これは芸術家の生き方という部分で、シュナーベルがアレナスに共鳴した結果かもしれない。

 映画最大の収穫はバルデムの素晴らしい演技。彼はこの演技で今年のアカデミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートされている。僕が観た彼の出演作の中では、この映画がベスト。この映画は彼の代表作になるだろう。

(原題:BEFORE NIGHT FALLS)

2001年秋公開予定 シネマライズ、川崎チネチッタ他
配給・問い合せ:アスミック・エース
(上映時間:2時間13分)

ホームページ:http://www.before-night-falls.com/

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