ほとけ

2001/06/19 SPE試写室(ブルー)
さびれた町でひとりの青年の情念が爆発する。主演は武田真治。
辻仁成は監督・脚本・原案・音楽と一人四役。by K. Hattori

 一昨年に『千年旅人(せんねんたびと)』を発表したばかりの辻仁成(つじ・じんせい)監督最新作。僕は『千年旅人』をまったく面白いと思わなかったのだが、今回の『ほとけ』は面白く観ることができた。性格の違う兄弟の確執。父と息子の対立。兄弟と幼なじみの若い女を巡る三角関係。こうした話は昔から何度も物語の中に登場し、何度も映画化されてきた。兄弟の対立は旧約聖書のカインとアベルの物語にまでさかのぼることができるし、それをモチーフにしたスタインベックの小説は『エデンの東』として映画化もされている。不良っぽい兄と弟がひとりの女を巡って対立するという映画なら、中平康の『狂った果実』をすぐに思い出すことができる。映画『ほとけ』の核にあるのは、こうした古典的で普遍的な人間のドラマなのだ。この映画からテーマだけを取り出しても、新しさはあまりないと思う。

 この映画の面白さは、少しレトロがかった独特の語り口にあるように思う。昔は港町として栄えたらしいが、今はすっかり寂れきった町がこの映画の舞台だ。町の中央には年代物の立派な船員会館があるが、そこには船員の姿などなく、たむろしているのは定職にも就かず密漁や車泥棒で暮らしているシバを筆頭とする若者たち。最近は対立するムジのグループとの確執もあるが、町の実権はまずシバたちが握っていると言ってもいい。シバにはライという弟がいる。ライは他人に何をされても決して怒ることがなく、いつもにこにこ笑っている。周囲の人たちはそんな彼を侮蔑の意味も込めて「ホトケ」と呼ぶ。船員会館でマッサージの仕事をしている盲目の少女yumaは、時々優しい言葉をかけてくれるシバが大好き。だがシバはyumaにつれない。

 舞台設定や人物の配置は、まるで昔の太陽族映画みたいに古くさい。しかしこの映画が太陽族映画とまったく違う点は、登場人物たちが全員ものすごく貧しいということ。若者たちは我が物顔に振る舞っているが、町そのものは活気がまったくない。建物は朽ち果て、働き盛りの男たちは姿を消し、子供たちの姿もない。港はあっても漁師の姿はなく、船員会館はあっても船員の姿はなく、病院はあっても医者の姿は少なく、道路はあっても走っている車はほとんどない。いわばここは「死んでしまった町」なのだ。その町で若者たちが聴く音楽は、戦前の懐メロ「南京豆売り」や「夜来香(イエライシャン)」だったりする。時代の流れの中からまったく切り離された異世界を、この映画は見事に作り出している。

 ライを演じているのは武田真治。シバを演じているのは大浦龍宇一。『千年旅人』にも出演していたyumaを僕はぜんぜんいいと思わなかったのだが、今回は汚れた聖女とでも言うべき難しい役を、凄味さえ感じさせる説得力で演じきっている。ライとyumaが激しい感情をあらわにするシーンは、真っ暗で底の見えない人間の心の淵をのぞき込んだようで、観ていてぞっとさせられる。好き嫌いのありそうな映画だけれど、僕は好き。

2001年8月公開予定 シネマスクエアとうきゅう
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 宣伝:P2

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