蝶の舌

2001/06/01 松竹試写室
スペイン内戦の勃発を幼い子供の視点から描いた作品。
美しい風景、印象深いエピソード。最後は泣ける。by K. Hattori

 喘息持ちで小学校への入学が遅れた8歳のモンチョは、明日から通う学校への期待と不安で眠れぬ夜を過ごす。登校初日にいきなりクラスメイトたちにからかわれたモンチョは、緊張のあまり教壇前でおしっこを漏らしてしまう。恥ずかしさと恐怖で教室を飛び出したモンチョ。そんな彼を、グレゴリオ先生は自宅まで迎えに行く。「私は決して生徒をぶったりしない」と約束する先生に連れられて、モンチョは翌日学校に再び向かう。初めて教室に入ったように挨拶を済ませ、クラスメイトたちの温かい拍手に迎えられて自分の席に着いたモンチョ。まだ不安そうな顔をしている彼に、隣の席のロケは「僕は登校初日にウンコを漏らした」と告白して驚かせる。こうしてモンチョの学校生か始まるのだ。1936年冬。場所はスペインのガリシア地方にある小さな村。

 この映画に描かれる1936年という年は、スペインの歴史にとって忘れられない年だ。2月の総選挙で人民戦線が勝利し、文芸批評家としても有名なアサニャが首相に就任。労働者や農民はこの政権を支持したが、大事主や資本家、教会などはこれに反対して国内が分裂する。緊張状態が長く続く中で、7月にフランコをリーダーとするクーデターが起こり、モロッコの駐屯軍蜂起を手始めに、スペイン各地で軍が政府に反旗をひるがえす。クーデター自体は失敗するが、ここからスペインは激烈な内戦に突入するのだ。『蝶の舌』ではモンチョの父親が熱心な共和主義者として描かれている。だがその妻は、夫のそんな政治姿勢に一抹の不安を感じている。世の中が根底からひっくり返ってしまうというという不安を、彼女はどうしてもぬぐい去ることができないのだ。そしてこの予感は、映画の最後に現実になってしまう。

 この映画はスペイン内戦の勃発を、庶民の視点、子供の視線から描いた作品だ。しかし映画の中心は政治ではなく、庶民の目に映る人々の喜怒哀楽。その時スペインの人民戦線は貧しい人々に明るい希望を与えている。しかしこの映画に登場する共和国スペインは、ろうそくが燃え尽きる前の最後のきらめきを放っているに過ぎない。暗雲はすぐ目の前に迫っている。だがそれを人々が知ることはない。内戦以降、永久に失われてしまう輝かしいスペインへの郷愁。それを「少年時代の夏の思い出」と重ね合わせているところが、この映画のうまいところ。

 第二共和制のスペインが持つ豊かさは、内戦の中で暗殺された詩人ロルカを主人公にした『ロルカ、暗殺の丘』という映画にも描かれていた。そこでもテーマとなっていたのは、内戦がいかに人々の心を深く傷つけているか、罪もない人々にいかに大きな負い目を追わせたかという事実だ。自分たちが生き残るため、心ならずも裏切りを是としなければならない辛さ。引き立てられていく仲間や友人たちに、心にもない罵りの言葉を投げかけ、石を投じなければ生きられなかった苦しさ。モンチョの最後の台詞が涙を誘う。はたして彼の言葉は、トラックの上に届いただろうか。忘れられないラストシーンだ。

(原題:La lengua de las mariposas)

2001年夏休み公開予定 シネスイッチ銀座、横浜関内アカデミー
配給:アスミック・エース
ホームページ:http://www.asmik-ace.com/Butterfly/


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