ビートニク

2000/12/05 メディアボックス試写室
'50年代に生まれたビート運動とその後継者たち。
内容盛りだくさんのドキュメンタリー。by K. Hattori


 アメリカには2種類の文化がある。ひとつは'50年代以前の「古き良きアメリカ」に代表される、キリスト教的なリベラリズムと倫理観、優等生的な規範意識に支えられた清く正しく美しいアメリカ文化。もうひとつはロックミュージックやヒッピー(古いね)に代表される、反体制、脱規範のサブカルチャー文化。前者のルーツはピューリタンが作り上げたアメリカ建国の精神にあり、後者のルーツには“ビートニク”がある。1944年。ニューヨークで3人の若者が出会ったことから、ビートニクが始まる。3人の名前はアレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアック、ウィリアム・バロウズ。

 やがて第二次大戦が終わり、朝鮮戦争も終結し、マッカーシー旋風が一段落し、アイゼンハワー大統領のもとで、アメリカは空前の繁栄を遂げる。この時代がいわばアメリカの古い文化の飽和地点。郊外の住宅地では若者たちの『理由なき反抗』が始まり、学校は『暴力教室』と化した(どちらの映画も'55年製作)。プレスリーの「ハートブレイクホテル」が大ヒットした'56年、ギンズバーグは詩集「吼える」を発表し、翌年ケルアックは小説「路上」を、さらに2年後、バロウズは「裸のランチ」を発表する。こうして'50年代にビート運動が芽生え、'60年代前半までがビート運動のピークになる。

 この映画はビート運動やビート世代の作家たちについてのドキュメンタリーだが、ただ単に「昔こういう運動があって、こんな作家たちがいました」という紹介をして終わるものではない。'50年代に生まれたビート運動は、その後のヒッピー文化に受け継がれ、そのまま現代まで継承されていく。ギンズバーグはヒッピーのアイドルになり、「吼える」と「路上」は若者たちのバイブルになった。「裸のランチ」は'91年にクロネンバーグによって映画化されている。今やビートニクはアメリカ文学の古典であり、手の届く距離にある伝説だ。ヒッピー文化も、ドラッグ文化も、新左翼系の市民運動も、ルーツをたどればビートニクに行き着く。それがこの映画の原題『The Source(源流)』の意味するところだ。

 現代日本に暮らす我々の生活も、アメリカのサブカルチャーに大きな影響を受けている。それをたどればヒッピー文化やビートニクにたどり着く。田中康夫が長野県知事になってしまったような現象も、(かなりこじつけだけど)そのルーツにはビートニクがあるのかもしれない。ただしこの映画は、やはり『The Source』であるビートニクの作家たちそのものが中心で、それが現代の文化とどのように深く関わっているかという説明は少ない。ビートニクの後継者がポエトリーリーディングだけでは、ちょっと寂しいだろうに。ラップミュージックあたりは、かなり詩の朗読に近いと思うんだけどな……。

 ギンズバーグやバロウズを始めとするビート世代の作家たち本人のインタビューは貴重だし、ジョニー・デップやデニス・ホッパー、ジョン・タトゥーロなどによる作品朗読など、映画としての工夫も多い。面白いです。

(原題:The Source)

2001年陽春公開予定 シネ・アミューズ
配給:ザジ・フィルムズ 宣伝協力:ムヴィオラ


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