ペイ・フォワード
[可能の王国]

2000/11/21 ワーナー試写室
中学1年生が考えた単純なアイデアが世界を変える?
現実的であると同時に夢のある映画。by K. Hattori


 『ピースメーカー』『ディープ・インパクト』のミミ・レダー監督最新作は、派手な銃撃戦もスペクタクルもないヒューマンドラマ。主演は売れっ子のケビン・スペイシー、『恋愛小説家』でアカデミー賞を受賞したヘレン・ハント、『シックス・センス』のハーレイ・ジョエル・オスメントなど。2時間を超える映画だが、これがなかなか感動的な作品なのだ。人間の弱さや不完全さをすべて認めた上で、それでもほんの少しの勇気があれば世界が変えられることを描いている。映画を観た後は大きな感動と共に、「自分も何かしなくては」「自分にも何かできるのではないか」と思わせる映画です。

 物語は中学校の新学期から始まる。社会科教師のユージンに「君たちの手で世界を変える方法について考えよう」という課題を出されたトレバー少年は、あるひとつのアイデアを考える。それが“ペイ・フォワード”だ。ある人が自分の周囲にいる3人に対し、その時の自分でなければできないような手助けをする。手助けをされた人は助けてくれた本人に恩返しするのではなく、自分の周囲にいる別の3人に親切をすることで恩に報いなければならない。チェーンレターの一種に「幸福の手紙」というのがあるが、それを手紙ではなく、実際の行為として周囲に示すのが“ペイ・フォワード”だ。アイデアとしてはきわめて単純。しかし実行するのは難しい。

 身の回りに困っている人がいれば親切にするのは当たり前だし、「汝の隣人を愛せ」はキリスト教の基本的な教えのひとつでもある。でも我々はこれが実践できない。自分の親切など大海の一滴。何の役にも立たない。人間が誰しもマザー・テレサになれるわけではないのだ。でも“ペイ・フォワード”のユニークなところは、一度受けた恩に対してたった3回だけ他人に親切にすればいいという点にある。人は一生を慈善運動に費やすことはできないけれど、3回ぐらいならどうにかなるかもしれない。全世界を救うことは無理でも、3人ぐらいなら自分でも手助けできるかもしれない。3回という回数は人をそんな気分にさせる。これが5回だとちょっと難しい。

 物語の舞台はラスベガス。主人公トレバーが自転車で街の中を走り抜ける場面だけで、この映画の描こうとする世界観がすべて見えてくる。荒涼として砂漠地帯の風景。整然と並ぶ高級住宅地と、トレーラーハウスが並ぶ貧民街。仕事もなく昼間からたむろする若者たち。ラスベガスのネオンサインと、ホームレスたちの囲むドラム缶の対比。トレバーの家は母子家庭。母親は深夜までバーで男たちの相手をして働き、家では隠してある酒を飲む重度のアル中だ。彼の周囲の世界は壊れている。そんな中から“ペイ・フォワード”が生み出される。たぶん発想の原点は「汝の隣人を愛せ」だと思う。そうすると、“ペイ・フォワード”を考案したトレバーは、現代版のイエス・キリストというわけだ。

 “ペイ・フォワード”の上流と下流から話を進める構成は、ミステリー映画のような面白さがある。

(原題:Pay It Forward)


ホームページ
ホームページへ