わすれな草

2000/11/16 TCC試写室
30年ぶりに香港に戻った伝説の男の目的は何か?
エリック・ツァン主演の異色やくざ映画。by K. Hattori


 香港映画界を代表する味のある脇役として、数々の映画で名演技を披露しているエリック・ツァンの主演作。髪の薄い中年オヤジが主人公だが、相棒役にニコラス・ツェー、マドンナ役にスー・チー、回想シーンでスティーブン・フォンとサム・リーが登場し、ほとんど台詞のない役でケリー・チャンがゲスト出演するなどして、全体に若々しい雰囲気が漂う作品になっている。

 30年前に香港を去りブラジルに渡っていた男が、ある決意を胸に故郷香港に帰ってくる。男の名はヒョウ。背中に彫られた、黒豹の刺青にちなんだ名前だ。香港に戻ったヒョウは街で見かけたスモーキーという少年の勇気に惚れ込み、彼に殺しの仕事を手伝うよう持ちかける。ターゲットは九龍。背中に9匹の龍の刺青をした男で、かつてヒョウを裏切って女を奪い、組織の金を持って逃げた大悪党だという。ヒョウと九龍は、30年前の香港暗黒街で若き武闘派として名を馳せた宿命のライバル。九龍の卑劣な銃弾に倒れたヒョウは、その後30年を故郷を遠く離れたブラジルで送る羽目になった。いつの日か、九龍に復讐することを心に念じながら……。

 ヒョウを演じているのがエリック・ツァン。小柄でずんぐりむっくりした体型の彼が、30年前にハンサムでスマートな二枚目だったとはどうしても思えないのだが、この謎に関しては後に真相が明かされる。映画の中ではいくつかのエピソードが並行して進行して行くが、中心になるのはブラジルから来たヒョウという中年男と、彼の話に心酔して何とか彼を助けようとするスモーキーの交流だ。父親の顔を知らないスモーキーは、いつしか雹の中に自分の父親の面影を求め始める。

 人間の記憶とは不思議なものだ。嫌な思い出は忘れ去られ、いい思い出はよりよく美化されていく。作り話が現実と混じり合って記憶の中に潜り込み、現実はファンタジーへと変質して行く。若いチンピラたちに、遠い昔の武勇伝を語って聞かせる中年ヤクザ。その話はどう考えても嘘臭い。でもその本人にとっては、その話は真実と変わらないものになっているのかもしれない。遠い昔に一夜限りの関係を持った男を捜すスモーキーの母親も、心のどこかでその男の顔を忘れてしまいたいと願っていたのかもしれない。若き日のヒョウが出会った女は、本当にヒョウが言うほど美しかったのか。それはもはやヒョウ本人にすらわからないのだ。

 異色のやくざ映画で、ヒョウのエピソードはなかなか切なくて面白い。ただしその周辺にあるエピソードがごたごたしていて、未整理な部分が多いのは気になるしもったいない。香港映画にはこういう映画がしばしばあるのだが、これは脚本なしで撮影しているからだろうか。この映画で言うと本屋の姐御のエピソードはいかにも中途半端だし、スモーキーとガールフレンドと婦人警官の三角関係も未消化なまま終わっている。スモーキーと母親のエピソードも、うまくやればもっと泣けるように作れると思う。音楽だけ盛り上げても泣けないよ。

(原題:半支煙 DOWN IN SMOKE)


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