春香伝

2000/10/12 シネカノン試写室
韓国の古典小説をイム・グォンテク監督が映画化。
すごく面白い。感動しました。by K. Hattori


 韓国の古典小説「春香伝」を、小説のもととなったパンソリ「春香歌」の詠唱と共に映画化したラブストーリー。物語の舞台は李朝時代の朝鮮。地方長官の一人息子・夢龍(モンニョン)と、妓生(キーセン)の娘・春香(チュニャン)は出会った瞬間恋に落ち、固い夫婦の契りを結ぶ。日毎夜毎にに夢龍が春香のもとに通う、夢のように幸福な日々。だが1年もしない内に長官は都に栄転が決まり、夢龍と春香は泣く泣く離ればなれになる。夢龍は科挙に合格したら、都まで春香を呼び寄せることを誓うが、新しく赴任してきた地方長官は春香の美しさに目を付け、彼女を我がものにしようとする。この時代、妓生の娘は妓生になるのが決まりだった。妓生は役人が望めば、寝所を共にしなければならない。だが春香は夢龍の妻として、長官の要求を拒絶。拷問にあい、死刑になると脅されても、彼女は操を守り通す。

 「春香伝」は日本で言えば「忠臣蔵」のような古典。映画化された回数も10回以上だという。イム・グォンテク監督はこの古典的なドラマをストレートに映像化するのではなく、舞台の上のパンソリがそのまま映像になるような不思議な演出をする。民族の古典音楽と、映画の一体化。映画の中にもしばしばパンソリの声がかぶさり、登場人物たちの動作や心の動きを歌い上げ、台詞を強調していく。文楽における浄瑠璃と人形の関係や、歌舞伎における長唄と役者の関係、あるいはギリシャ古典劇のコロスと役者の関係を思わせる舞台劇風の演出だ。同じような趣向の映画としては、黒澤明の『虎の尾を踏む男たち』がある。だが映画の規模、完成度など、どれをとってもこの『春香伝』の方が上だと思う。

 映画の前半は春香と夢龍のラブストーリー、中盤は拷問にも負けない春香の貞女ぶり、終盤は窮地に陥った春香を夢龍が助け出す痛快な逆転劇になっており、2時間という上映時間はあっという間に過ぎてしまう。春香を演じたイ・ヒョジョンと夢龍を演じたチョ・スンウは、この映画のためにオーディションで選ばれた新人。こうした古典の映画化では、若いカップルの役でもベテラン俳優が演じることが多いらしいが、この映画は役の年齢に近い俳優を使ったリアリズム。若いふたりが身も心も固く結ばれて、嬉しくて楽しくて幸せでしょうがないという感じがよく伝わってくる。映画前半のラブストーリーは、身分違いの秘密の恋ということもあって、まるで「ロミオとジュリエット」みたいな雰囲気だ。映画終盤では、王の密使という身分を隠した夢龍が春香を助け出すのだが、このくだりは水戸黄門や遠山の金さんにも通じる勧善懲悪ドラマで、見ていてじつに気持ちがいい。

 この映画の特徴であるパンソリの効果がとくに強く現れるのは、主人公の台詞とパンソリの歌声が重なり合ういくつかの場面。別れを告げられた春香が夢龍の前で泣き崩れる場面や、春香が拷問に耐えて長官に異議を申し立てるくだり、そして物語の最後を締めくくる春香の母の台詞などは、言葉にできないほど感動的だった。

(原題:春香伝 Chunhyang)


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