陸軍

2000/09/19 フィルムセンター
木下惠介が戦争末期に作った陸軍省のPR映画。
ラストシーンはやはり泣ける。by K. Hattori


 昭和19年に作られた木下惠介監督作品。後援は陸軍省情報局国民映画。前年には同じ松竹で田坂具隆監督が『海軍』という映画を撮っている。そちらは大本営海軍報道部の企画。松竹にしてみれば「海軍の映画を作ったから、次は陸軍で」という話だろう。この映画はずっと前に銀座の並木座で観ているが、その時はあまり面白いとも思わなかった。いかにも戦時中の宣伝映画らしく、あちこちに挿入されている戦意高揚や戦争正当化のメッセージがうっとうしい。田中絹代扮する母親が出征する息子を見送ってどこまでもどこまでも走って行く有名なラストシーンは感動的だと思ったが、それまでの母親の描写にあまり魅力を感じなかったため、なんだかこのラストシーンだけが浮いているような印象を受けた。ところが今回この映画を見直して、以前の印象が一変してしまった。軍人精神や日本の大義名分を強調する部分は確かにあるのだが、木下監督が描こうとしたのはむしろその裏側に隠された家族の情愛にあったのだと思う。

 この映画の中で、陸軍省お墨付きの正論を吐くのは笠智衆演じる一家の父親だ。しかしこの父親は、志願して入隊した軍隊では病気がちでついに戦場に立つこともかなわず、除隊してからは家業の質屋を潰してしまうというダメ人間。妻が内助の功を発揮して荒物屋を始めても、店の勝手がわからず家の中でウロウロしているだけ。この人間を支えているのが、今から思えば空虚な忠君愛国思想なのだ。言うことは立派。でもそこには何の内容もない。木下監督はこのダメ人間に陸軍のPRを一任させることで、「陸軍省情報局国民映画」としての体面を作っているわけだ。でも木下監督の興味がこうした部分にないことは、映画を観ていれば一目瞭然。

 映画の中で面白いのは、笠智衆と田中絹代の夫婦の会話であったり、東野英治郎扮する愛国オヤジの家族への情であったりする。店を手伝おうとする笠智衆に「あなたがやるとかえってわかりにくくなる」と田中絹代が文句を言う場面。橋の欄干から川に飛び込むことができない臆病な息子を田中が励まし、ついに飛び込んだ水音を聞いて笠智衆が驚いたように川を見下ろすところ。息子を厳しくしかる妻に、笠智衆が「もういいだろう」と言う場面などには、いつの時代、どんな場所にもある夫婦像が描かれている。こうした日常風景は、木下監督が得意とする部分だ。東野英治郎が軍属の上原謙に、息子の安否をしつこくたずねる場面も印象に残る。ここで上原謙は「お前はさっきから自分の息子のことばかり心配している」と東野英治郎を叱りつけるのだが、観客の多くはここで上原謙の「正論」より、東野英治郎の家族を思う気持ちに感情移入していると思う。

 最後に田中絹代が走り出してからの移動撮影やモンタージュは、気合いが入っていてやはり泣ける。おそらく前夜は眠れなかったであろう母親が、出征兵士の隊列の中から自分の息子を見つけて追いかる。ここにあるのは反戦でも非戦でもない。家族の情愛だけなのだ。


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