長崎ぶらぶら節

2000/09/06 東映第1試写室
なかにし礼の直木賞受賞作を吉永小百合主演で映画化。
今年の邦画では、とにかく一番泣けました。by K. Hattori


 『時雨の記』でコンビを組んだ吉永小百合と渡哲也が、続く本作でも再共演。ヒット作の余勢を駆った二匹目のドジョウ狙いかと思いきや、これがとんでもない傑作だったことに驚いた。吉永小百合はここ何本かの作品(ここ10年ほどの作品ということになるのか)の中で、おそらくこれがベストだと思う。僕は若い頃の吉永小百合に夢中になった世代でもないので、最近の彼女を見ていて「どこがいいのかなぁ」とずっと疑問に思っていたのですが、この映画は彼女の最近のイメージにぴたりとはまっている。この映画で彼女が演じているのは、女としての盛りを過ぎた年増芸者の愛八。かつては長崎で5本の指に入ると花街の人気者だった彼女も、今では若い芸者に押されてお座敷もかかりにくくなっている。そんな彼女が出会ったのが、長崎の豪商「万屋」の主人・古賀十二郎。放蕩の末に破産した彼に「長崎の古い歌を探そう」と持ちかけられた愛八は、彼と行動を共にするようになる。発掘した曲は百曲以上。タイトルの『長崎ぶらぶら節』とは、そんな俗謡の中のひとつだ。

 吉永小百合本人や彼女のファンには失礼だが、吉永小百合は華のない大スターです。確かに美しい。でもデビュー作の『キューポラのある街』以来、生真面目すぎるイメージが染みついたままイメージチェンジもままならず、今までだらだらと女優をやっている。演技も特別上手いわけじゃない。真面目で誠実だが不器用な人というのが、吉永小百合に持っていた僕の印象なのだ。そんな彼女の印象が、この映画のヒロインである愛八ときれいに重なり合う。幼い頃から遊芸の世界に入り、真面目にコツコツと仕事をこなすことで生きてきた女。人並みに小さな色恋も経験しただろうし、少しは浮き名を流したこともあるのだろうが、大きな波乱もなく送ってきた人生。しかしそんな愛八が、人生の最後が近くなってひとりの男に出会い、そこで大輪の恋の花を咲かせる。

 吉永小百合の人柄と演技のクセを知りつくし、スクリーンの中で見事に愛八像を結晶させたのは、NHKの「夢千代日記」で彼女を演出した深町幸男。これが映画監督としてはデビュー作になるというが、東映のベテランスタッフたちの力に支えられ、堂々たる作品を作り上げている。なんと今年70歳の新人監督だ。特筆すべきはその美術とロケーションの素晴らしさ。遊郭のセットも素晴らしいが、衣装やちょっとした小道具に至るまで、細やかに再現された風俗にどきどきする。

 原作はなかにし礼の直木賞受賞作。脚色は市川森一だが、この脚本の構成もうまい。タイトルにもなっている「長崎ぶらぶら節」を主人公が思い出すところで観客の涙腺を緩やかに刺激し、最後の主人公の最後の台詞で膨大な量の涙を流させるテクニックの冴え。ここでどんな台詞が来るのか、観客は途中からわかっている。そしてその台詞が主人公の口から発せられるのを、今か今かと待ちかまえる。やがて主人公がその台詞を発したとき……。こんなに泣いたのは久しぶり。映画っていいなぁ。


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