今森光彦の里山物語

2000/08/21 東芝ショールーム・T-Next
写真家・今森光彦がホストとなって里山の魅力を案内。
これこそ日本人の心の原風景だ。by K. Hattori


 写真家として国内外で高い評価を受けている今森光彦が、日頃使っているスチルカメラをNHKから提供されたハイビジョンカメラに持ち替え、ライフワークとも言える里山の撮影に挑んだ。撮影期間は約2年。撮影したビデオテープは200時間。これをもとに制作されたのがNHKスペシャル「映像詩・里山」だが、それを映画監督の東陽一がさらに構成しなおしてハイビジョン映画にしたのが、今回の『今森光彦の里山物語』だという。

 里山というのは特定の地名ではない。水田や畑を中心として、雑木林や湧水や湿地や溜池が点在し、人と自然が共生関係を営むような環境が里山だ。昔は日本の農村地帯というのはすべて里山だったわけだが、農業の機械化や大規模化、減反政策による棚田の放棄や水田の他の農作物への転用、農地の宅地化、幹線道路の開通などによって、戦後の日本からは里山があっと言う間に姿を消してしまった。映画『座頭市』の何作目だかを観ていて、シネスコ画面一杯に広がる美しい棚田に目を奪われたことがある。その時感じたのは「こんな風景は、もう今の日本には残っていないのだろう」という感慨だった。江戸時代から昭和40年代ごろまで残っていた美しい農村の風景は、日本人にとっては心の原風景。都会で生まれ育った僕のような人間も「ふるさと」と聞いて心に浮かべるのは、青々と広がり風に揺れる水田の風景だ。(小学生時代を滋賀県の彦根で過ごしたことがあるので、そこで見た水田の風景が心に染みついているのかも。)

 この映画を見て驚いたのは、『座頭市』に出てきたような棚田の風景が、今でも一部の地域では昔と同じように守られているという事実。撮影されたのは琵琶湖湖畔の農村地帯。映画は水田や用水路や溜池などにいる魚や水生昆虫、農家の庭先や資材小屋や雑木林にいる小鳥や小動物や昆虫などの姿を、ハイビジョンカメラで丁寧にとらえていく。映画の中では見どころだけを編集してあるわけだが、この撮影にはさぞや手間がかかっただろう。映画は水田に水が張られる春先から始まり、稲の生育に合わせて夏から秋へと季節が巡り、冬を迎え、やがて再び春が訪れたところで終わる。四季の循環の中で、自然も人の営みも循環し、いつまでも変わらない。映画に登場した里山には千年もの歴史があるという。千年前と言えば平安時代だ。その頃から里山の四季は、今と少しも変わることなく循環しているのだろう。

 映画『おもひでぽろぽろ』の中には、里山についてのごく簡単で簡潔な説明がある。農村の自然は手つかずの自然ではなく、人間が手を加えながら作り出したものなのだ。『おもひでぽろぽろ』は人間の視点から里山の自然を描いていたが、この『今森光彦の里山物語』では里山の自然の営みやとそこで暮らす小動物たちが主人公。人間は画面にほとんど登場せず、完全に脇役になっている。人間も里山で暮らすたくさんの動物の中のひとつに過ぎないのだ。失われた里山を取り戻すことは難しい。今残っている里山を、できるだけ大切にしなければ。


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