サン・ピエールの生命(いのち)

2000/07/31 シネカノン試写室
ジュリエット・ビノシュとダニエル・オートゥイユが初共演。
パトリス・ルコント監督の歴史メロドラマ。by K. Hattori


 パトリス・ルコント監督の最新作は、ジュリエット・ビノシュとダニエル・オートゥイユ主演の歴史メロドラマ。1849年、フランス領カナダのサン・ピエール島で、1件の殺人事件が起きる。小さなボートで漂流中、通りかかった漁船に運良く拾われた漁師が、港に上陸して仲間としたたかに酒を飲み、その勢いで人を殺してしまったのだ。小さな平和な島でよそ者が起こした陰惨な事件。裁判はこの男ニールに死刑の判決を下す。本国から処刑のためのギロチンが到着するまで、ニールは島に駐留する軍隊の管理下におかれる。隊長のジャンとその妻ポリーヌは、やがて来る処刑の日まで、ニールが人間らしく生きられるようさまざまな手配をするのだ。

 この映画は隊長とその妻、そして彼らの世話になる死刑囚ニールの奇妙な三角関係を描いたドラマであり、同時に死刑制度の矛盾を描いたドラマでもある。罪もない人を酒の勢いとはずみで殺してしまったニールは、その罪の大きさからすれば死刑判決を受けても仕方のない身の上だ。だが彼はポリーヌを始めとする島の人々との暮らしの中で、少しずつ人間として成長してゆく。粗野で無教養な男の下から、優しく繊細な心が顔をのぞかせる。薄汚れこわばったひげ面が満面の笑みを浮かべるとき、人々はその笑顔の魅力につい引き込まれてしまう。彼は流れ者の無名の漁師としてこの島にたどり着き、残酷な人殺しとして人々の前に姿をさらし、死刑執行を待つ囚人として人々の中で暮らしている。だが人々は次第に「ニールを殺してはならない」と思い始める。

 ポリーヌのニールに対する気持ちが、僕には最初よくわからなかった。彼女は夫を愛しながらも、同時にニールを愛している。だが夫はそれにまったく嫉妬しない。妻のニールへの献身的な愛を、そのまま受け入れている。ポリーヌのニールに対する気持ちは、やがて母性愛のようなものへと昇華していくのだが、ごく初期の段階で、ふたりの間に男女関係の恋愛感情に似た心の動きがなかったわけではないと思う。でもふたりは無言のまま、そうならない道を選び取る。その分岐点は、本を読むときわずかに手と手が触れ合う、そんな些細な瞬間に訪れたのだと思う。ふたりはそこで最も接近し、黙って離れていく。夫のジャンはそんなふたりの関係を黙って見つめている。そして妻のニールへの愛を、自分も共有しようとする。ニールを愛する妻を、ニールへの愛も含めて丸ごと包み込むように愛そうとする。

 愛は人を生かし、愛は人を癒す。だが同じ愛が、人を破滅させることもある。この映画には利己的な愛も、暴力的な愛も登場しない。穏やかな慈しみと包容力を持った本物の愛が、それでも人を傷つけ苦しめる不条理。ギロチンを積んだ船を死刑囚のニール本人がボートで引き始めたとき、こうした愛の不条理がキリストの受難と重ね合わされていることに気づく。ニールは自分の中に芽生えた本物の愛を証明するため、あえて不条理の中に身を委ねる。一番哀れなのは、不幸な死刑執行人だ。

(原題:LA VEUVE DE SAINT-PIERRE)


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