ざわざわ下北沢

2000/06/24 サンプルビデオ
市川準が下北沢を舞台に描く新旧の青春群像。
下北沢発、下北沢行きの映画。by K. Hattori


 東京世田谷下北沢にできた小さな映画館、シネマ・下北沢が企画・製作・配給する、市川準監督の最新作。オール下北沢ロケで、決して大きくない街の中をカメラが自由自在に動き回ります。低予算の映画のはずですが、出演者はものすごく豪華。とてもここでいちいち名前をあげられないぐらい、大勢の有名俳優たちが出演しています。広末涼子と田中麗奈と鈴木京香と田中裕子と唯野未歩子がひとつの映画に出てるなんて、それだけでちょっとすごいでしょ? (唯野未歩子ですごいと感じるのは僕だけかもしれないけど。好きなので。)

 『東京兄妹』『東京夜曲』『大阪物語』などで、大都市に隣接する住宅地や商店街を描いてきた市川準監督ですが、『ざわざわ下北沢』もそうした映画の系譜に連なる作品になっています。駅の乗降客、改札口付近の人混み、商店街のざわめき、路上にたむろする人の群れ、小さな飲食店と常連客たち、路地を入った住宅街、昔から続くぬるま湯のような人間関係、通り過ぎて行く人たち、小さな事件を飲み込んでしまうような日常性の積み重ね、年上の女性へのほのかな恋慕、届かない恋心、気持ちのすれ違い。映画はベタベタの市川節で、これが好きな人には心地よいものになっていると思います。どんな事件が起きようと、どんな豪華なゲストスターが登場しようと、全体をしっかりと市川準の色に塗りつぶしているのはさすが。もっともゲストに振り回されるぐらいなら、最初からこんな映画を作らないでしょうけどね。

 全体が市川調にきれいにまとめ上げられているとはいえ、この映画はやはり「下北沢への思い入れあっての映画」です。これはそもそも、映画の企画がそういうものなんだからしょうがない。僕は残念ながら下北沢に対する思い入れも思い出も皆無なので、その点でこの映画との間には温度差を感じてしまった。芝居のファンなら下北沢は馴染みの街でしょうが、僕は同じ本多劇場でも下北沢ではなく、横浜の「相鉄本多劇場」に通っていたクチなのです。ご当地映画の面白味は、馴染みの店や路地が映画の中に登場してこそです。僕は下北沢という街をまったく知らないので、そうした面白さを味わうことができない。でもこれと同じ映画を、他の街で作れるかというというと、ちょっと疑問だったりもする。この映画に登場する下北沢は、じつに多彩な顔を持つ魅力的な街です。今後も僕が下北沢に行くことはそんなにないと思いますが、それでも「下北沢っていいとこだね」という気持ちにはなった。これは『ローマの休日』を観た観客が、ローマを理想化するのと同じかもしれない。

 映画は1組のカップルを中心にした群衆劇で、さまざまな人物が織りなす雑多なエピソードが、1時間45分の中に大雑把に盛り込まれている感じ。この大雑把さはもちろん計算してのこと。下北沢のざわざわした感じを表現するには、エピソード同士を緻密に結びつけない、この大雑把さが絶対に必要なのです。クライマックスの活劇と意外なオチは『マグノリア』みたいです。


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