議事堂を梱包する

2000/06/16 映画美学校試写室
現代美術作家がベルリンの旧国会議事堂を梱包する。
制作現場にいるかのような臨場感。by K. Hattori


 現代美術(モダンアート)ほどわけのわからないものはないし、同時に、現代美術ほど人間をワクワクさせる面白さに満ちたものはない。現代美術の作家は無数に存在するが、その中でも作品の規模の大きさという点で、クリスト・ヤヴァシェフとジャンヌ=クロード・ギュボンのコンビは群を抜いている。この人たちは何でもかんでも布で包んでしまうことを得意技にしているアーティストで、橋や建物などの建築物を布ですっぽり覆ったこともあれば、小さな島をぐるりと布で取り巻いたこともある。“包む”というスタイルとは異なるが、日本でも10年ほど前に「アンブレラ」という作品を発表したことがある。計画実現までに数多くのスケッチやドローイングを描きまくり、それを売って計画実現のための資金を自前で調達する人たちです。「アンブレラ」の前には日本でも展覧会などが開かれて、僕もそれを見に行った記憶があります。「なぜ包むのか?」という問いに対してはいろいろと理屈っぽい回答が用意されているのでしょうし、美術評論家たちはクリスト&ジャンヌ=クロードの作品に何らかの寓意や現代的な意味を見出すのでしょう。でも僕にはそんなことチンプンカンプンでさっぱりわからない。でも理屈なんて関係ないのです。芸術は完成した作品がすべてなんですから。

 この映画のモチーフになっているのは、クリスト&ジャンヌ=クロードが1995年にベルリンの旧国会議事堂を銀色の布で包み込んで実現した「梱包されたライヒスターク」という作品。この計画はドイツが東西に分断されていた1971年にプロジェクトがスタートし、クリストや支持者たちのねばり強い議会への根回しの末に、24年かけて作品完成にこぎ着けたというものだ。議会で計画実現へのゴーサインが出されたとき、記者会見で「準備にどれほどの時間がかかりますか?」と質問されたクリストは「準備は20年以上やっている」と答える。クリストたちの作品作りは、まさにこうした政治的交渉も含めてのものなのだ。「有名な建物を布で覆ってしまう」という発想は単純なものなので、その発想をマネしようとすれば誰にだってマネできる。でもそれを実際に実現させるための情熱を持ち続けることは難しい。20年以上に渡って計画を捨てず、無数のスケッチを描いて自分のイメージを育み続けたクリストが持つ「計画を諦めない」という情熱こそが、彼の才能なのかもしれない。

 計画が紙の上からいよいよ現実の作品制作に向けて動き出すところが、この映画のクライマックスだ。CGを使って計画の細部をシミュレーションし、特製の布を織り、ロープを作るために工場が動き始める。飛行機の格納庫のような巨大な建物の中で、大勢の女性たちが一斉に巨大な布にミシン掛けする場面の高揚感! クリストたちの突拍子もない計画のために、おびただしい人々が間接的に関わっているのだ。映画を観ている僕も、なんだかその場にいて計画に参加しているような気分になれる。こんなに面白いドキュメンタリー映画は久しぶりだ。

(原題:DEM DEUTSCHEN VOLKE)


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