Chaos
カオス

2000/06/16 映画美学校試写室
狂言誘拐を依頼された便利屋が女の仕掛けた罠に落ちる。
『リング』シリーズの中田秀夫監督作品。by K. Hattori


 『リング』『ガラスの脳』の中田秀夫監督最新作は、狂言誘拐の片棒を担いだ便利屋が、殺人事件の隠蔽工作に巻き込まれていくミステリー。歌野晶午の小説「さらわれたい女」を、『フレンチドレッシング』『サンデイドライブ』の斎藤久志が脚色。主人公である便利屋の男・黒田五郎を演じているのは、『マークスの山』『CURE』の萩原聖人。彼に狂言誘拐を持ちかける美しい人妻を演じるのは、『リング』シリーズや『ケイゾク/映画』の中谷美紀。その夫を光石研が演じ、誘拐事件を捜査する刑事を國村隼が演じている。

 ある日、便利屋・黒田のもとに持ち込まれたのは、「自分に対する夫の愛情を確認するため、私を誘拐して夫に脅迫電話をかけてください」という奇妙な依頼だった。若い人妻の危険な依頼を、黒田は少し迷った末に引き受ける。ただし引き受けたからには、準備は手抜かりなく行わなければならない。狂言がばれないように入念なリハーサルを重ね、いよいよ危険な賭けがスタートする。だが隠れ家に戻ってきた黒田が室内で発見したのは、何者かに殺された人妻の遺体だった。彼女を殺した犯人は、遺体の処理を黒田に押しつける。このまま放置すれば、誘拐と殺人の罪は黒田がひとりでかぶることになる。電話で一方的に脅迫してくる犯人に対し、黒田は言いなりになるしかないのだ。はたして真犯人は誰か?

 これは間違いなく犯罪ドラマだが、事件のは以後に隠されている事実や手の内を次々に明かしていく様子はミステリーとしてはどうかと思うし、異常な殺人犯が主人公を追いつめていくサスペンスやスリラーとしての興味も薄い。事件は入り組んでいるように見えて、じつはきわめて単純にも思える。映画は事件の推移を入り組んだ時間経過の中で描くのだが、これを時系列に描くと、事件のあまりの単純さに白けてしまうかもしれない。この映画でテーマになるのは、ある事態を目の前にしたときに、登場人物たちがどんな行動をとるかという心理描写にある。突然挿入される回想シーンによって時系列が分断されているのも、登場人物にとってそうした回想が、その時々に重大な意味を持っているからだ。人間は過去に起きたさまざまな事件の積み重ねの上に、今の行動を決定している。回想シーンを多用することで、登場人物たちが行動に至る動機を観客に強く印象づけ、そのキャラクターが置かれている心理状況を明確にするという効果が生まれていると思う。

 ただしこうした効果が生きているのは中盤まで。主人公が最後の賭けにでてからラストに至る状況は、正直言って僕には見えにくくなってしまった。このクライマックスは、回想シーンがほとんどないのです。すべての材料を観客に見せ終えて、丸裸になった男と女のドラマが、僕にはちょっとわかりにくかった。なぜ彼らは最後にあのような行動に出なくてはならなかったのか? 回想シーンを使った因果関係の示唆が途切れたとき、人物は糸の切れた凧のように、手の届かない彼方に飛び去った。


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