マネートレーダー
銀行崩壊

2000/05/08 メディアボックス試写室
名門ベアリングズ銀行破産という実在の事件を映画化。
主人公の優しさが銀行を破滅させる。by K. Hattori


 1763年に創業されたベアリングズ銀行は、イギリスでもっとも歴史のある民間銀行として知られていた。だが創業から230年以上たった1995年2月27日、この名門銀行は多額の負債を抱えて破産してしまう。その原因を作ったのは、銀行のシンガポール支店で先物取引部門の主任に抜擢されたニック・リーソンというまだ20歳代のトレーダー。彼は架空名義の口座に取引で生じた損失を隠し、その穴埋めのためより投機性の高い取引に手を出し、わずかの間に総額で1千億円を超える負債を作り出してしまったのだ。この映画は逮捕され刑務所に収監されたニック・リーソンの獄中手記を映画化したもの。リーソンを演じているのは売れっ子のユアン・マクレガーだ。

 銀行を潰した張本人とも言える人物の獄中記が原作ということもあるのだろうが、この映画は主人公ニックをわかりやすい悪人には描いていない。むしろ真面目で仕事熱心なごく普通の男として描いている。言うまでもなくイギリスは階級社会である。左官職人の息子として生まれたニックは、サッチャー政権が掲げた金融業界の規制緩和政策の波に乗って名門銀行に入り、そこで実力を認められて出世の階段を上っていく。彼はそこで手に入れた地位や栄誉、美しい妻、上司や部下からの信頼などを必死に守ろうとする。誰がそんな彼の態度を責められるだろうか。映画の中では詳しく描かれていないが、労働者階級の彼が銀行の中で認められるためには、周囲の上流階級出身者や名門大学出身者の何倍も働き、何倍もの成果を出さなければならないのだ。ニックはそのために馬車馬のように働き、それなりの評価を受ける。

 シンガポールに転勤した彼を迎えた上司は、「部下を安く使って互いに競争させるんだ」とニックにスタッフを使う際の心構えを教える。だがこの言葉は、そのままニックの立場にも言えるのではないだろうか。彼は銀行にとって、安く使える優秀なスタッフのひとりに過ぎない。連絡の行き違いで取引上のミスを犯したスタッフについて、上司は「すぐに首にしろ」と言う。だがニックはそれができない。彼は心のどこかで、自分も小さなミスを犯せばすぐに首を切られる立場であることを知っているのだろう。彼は部下をかばう。「ミスは誰にでもある。ミスして損した分は取引で取り返そう」と励ます。ここではイギリス本国では差別されている労働者階級出身の銀行員が、同じ銀行の中で同じく差別されているアジア人現地スタッフに同情している。優しいのだ。だがこの優しさが、彼と銀行の墓穴を掘ってしまう。

 簡単に取り戻せると思った損失が、雪だるま式に増えていく恐怖。多額の損失が出てもそれをすべて架空口座に隠し、成果だけを上司に報告するのだから、ニックの評価はうなぎ登りに上がっていく。金融商品についての知識があればもっと楽しめるのかもしれないが、ひとりの若者が成功の裏側にある罠にはまった物語という着眼点が面白い。ただし映画としてのデキはあまりよくない。

(原題:ROGUE TRADER)


ホームページ
ホームページへ