ハンネス、列車の旅

2000/04/18 映画美学校試写室
時刻表マニアの中年男を主人公にしたロードムービー。
人生の醍醐味は道草にあるのかもしれません。by K. Hattori


 列車の時刻表マニアの中年男が、時刻表の世界大会に参加するため、ドイツからフィンランドの田舎町イナリまで旅をするというロードムービー。この大会を心待ちにしていた主人公ハンネスは、半年も前から休暇を申請して会社にも了承されていた。ところが出発の当日になって、新任のボスから「1週間も休みを取るのは勤労意欲のない証拠。君はもう出社しなくていいよ」とクビを宣言されてしまう。激怒したハンネスはボスをぶん殴ってそのまま旅に出てしまうのだが、直後にボスが死んでいるのが発見されて大騒ぎ。姿を消したハンネスは重要参考人として警察に追われることになる。

 最近はどうなんだか知らないが、僕が学生の頃には中学や高校に「鉄道研究会」のようなクラブ活動が必ずあって、そこでは中学生や高校生が時刻表や世界各国のガイドブックとにらめっこしながら、ひたすら旅行プランを練ることだけに熱中していたものです。時刻表を眺めているだけで楽しいのだから安上がりな趣味ですが、僕はそういう人たちを横目に見ながら「どこが楽しいのだろうか?」と思っていた。お金があって実際に旅行ができればこうしたプラン作りにも別の意味がありますが、中学生や高校生がトーマスクックの時刻表を眺めていたって、「じゃあ夏休みはヨーロッパ周遊旅行だね!」とはなりっこない。いつか本当に旅をすることを夢見て、ひたすら時刻表の上で「旅」をするのが彼らなのです。

 主人公のハンネスも、まさにそういう時刻表マニアです。仕事はビールの運搬人。自分の部屋にあるのは時刻表や旅行ガイドばかり。親しい友人もあまりいないし、恋人もいない。何かと彼を気遣ってくれる同僚の男も、ハンネスの趣味についてはどうやら理解不能なようです。そのハンネスが時刻表の世界大会に出る。彼は時刻表の上で旅をするエキスパートですが、実際に旅行をした経験はあまりないはず。ハンネスは時刻表の上にある数字としての旅と、実際の旅との違いを発見するのです。時刻表の上で常に最短・最速のルート探しに熱中していた彼は、旅で知り合った女性から寄り道の楽しさを教えられる。気分次第の途中下車、寄り道、道草、脇道、無駄な回り道。これが映画のテーマです。

 しかしこの映画は、時刻表マニアをバカにしているわけではありません。ハンネスを負う刑事が追跡ルートを確定しようと時刻表を使っているうちに、少しずつ時刻表の虜になっていくという描写がある。映画のクライマックスにある時刻表国際大会の場面も面白い。「国際大会」といっても実にささやかなものなのです。これがハリウッド映画なら、ここで一気に盛り上げるところでしょうが、この映画はそんな野暮なことはしない。

 旅を通じてハンネスはその場その場で人生を楽しむ術を見出す。ヒロインのシルパも、先の見えた退屈な人生の旅から途中下車する。ファンク刑事の追跡も徒労に終わる。でも彼らはこの長い旅を通じて、それまでの人生が何倍にも広がるような経験をしたのです。

(原題:Zugvogel... einmal nach Inari)


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