ザ・ハリケーン

2000/04/13 GAGA試写室
差別によって不当逮捕されたボクサーと少年の交流を描く実話。
主演のワシントンは本作でオスカーにノミネート。by K. Hattori


 文盲の少年が1冊の本と出会い、それによって多くの人々の運命が変わっていくという物語。これは実話の映画化である。少年の名はレズラ・マーティン。彼は貧しい黒人家庭の出身だが、その窮状と彼の利発さを認めた白人の里親に引き取られてトロントで暮らしていた。彼がトロントの古本市で見つけたのが、表紙のすり切れた1冊の本。タイトルは「ザ・シックスティーン・ラウンド」。“ハリケーン”と呼ばれた黒人のボクサー、ルビン・カーターが獄中で書いた自伝だ。わずか25セントで投げ売りされていたこの本が、レズラとルビンの運命を大きく変えていく……。

 主演のデンゼル・ワシントンが、今年のアカデミー賞で主演男優賞にノミネートされていた映画です。ワシントンは主人公“ハリケーン”を演じていますが、二十歳そこそこの青年時代から、現役ボクサー時代、そして獄中での生活と、およそ30年に渡る男の人生を好演。オスカー候補になるのも納得の役作りです。しかし同時に、この映画が主演男優賞以外の部門で、まったく評価されなかったのも納得できてしまう。これがじつに残念。丁寧に作られた水準以上の作品であることは間違いないのですが、脚本も演出も「水準以上」というレベルから突き抜けたところがない。言うなればパンチ不足なのです。

 黒人差別がまだ根強かった1960年代に、肌の色が黒いという理由だけで現役のプロボクサーが逮捕され、差別意識丸出しの刑事による証拠のでっち上げによって終身刑の判決を受ける。控訴審でも有罪。さらに上告するが、これは棄却されてしまう。自伝を書いたことがきっかけとなって釈放運動が盛り上がるものの、やがて彼は世間から忘れ去られた存在になっていく。自分を支え続けてくれた妻とも別れ、孤独を深めていくルビン。無実であるにもかかわらず、人生のほとんどを暗い獄中で過ごす彼は、やがて世間に背を向けて心を固く閉ざしていく。映画はそんな彼が少年からの1通の手紙に心を開き、憎しみや恨みに凝り固まった生き方を捨てるまでを感動的に描き出す。このドラマチックな出来事が、基本的にはすべて実話だというのだから驚きだ。しかし映画の方は、そのドラマをただなぞるだけで、あまり力強さを感じさせてくれない。

 映画は序盤でルビンの巻き込まれた事件を描きますが、この段階で警察の不当逮捕やでっち上げがあったことが観客にわかってしまうため、映画の後半で不当逮捕の動かぬ証拠が出てきても驚きがない。映画の前半では事件の真相を伏せておき、突然逮捕されたルビンの視点から事件を描いて、身に覚えのない罪で逮捕され刑務所に送られる不条理を強調した方がよかったと思う。なぜ逮捕されたのか、なぜ虚偽の証言が裁判で証拠としてまかり通ってしまうのわからない戸惑い。裁判が茶番であることをルビン本人が一番よく知っている。だがそれを証明する手だてがないもどかしさ……。そうした方が後半の謎解きが面白くなるし、真相が明らかになったときは観客も不当逮捕への怒りを共有できると思う。

(原題:THE HURRICANE)


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