インサイダー

2000/02/03 徳間ホール
アメリカのタバコ訴訟で企業の内部告発者となった男の実話。
個人名や企業名がすべて実名で登場する迫力。by K. Hattori


 タバコが健康によくないことは誰だって知っている。だがタバコが有害物質として指定されたことはないし、有害物質を販売した罪でタバコ会社が訴えられたこともなかった。少なくともつい最近までは……。1995年、CBSテレビのドキュメンタリー番組「60ミニッツ」には大手タバコ会社の元幹部が実名で登場し、社内の研究所がタバコの害を実証していたにも関わらず、企業のトップがその事実をもみ消していた事実を暴露した。この内部告発を行ったのは、ラッキーストライクやクールを販売する大手タバコメーカー、ブラウン&ウィリアムソン社の元副社長だったジェフリー・ワイガンド。会社との守秘義務契約に拘束されて証言を拒んでいた彼を、ねばり強い交渉で番組に引っぱり出したのは、プロデューサーのローウェル・バーグマンだった。

 この映画はこの生々しい実話を元にしたドキュメンタリー・ドラマ。映画に登場するエピソードはそのほとんどが実話であり、人物や企業名はすべてが実名で登場する。主演はアル・パチーノとラッセル・クロウ。監督はマイケル・マン。映画にはタバコ会社がワイガンドの証言を潰すため様々な策謀を巡らせるエピソードが登場するが、この映画の公開前にもタバコ会社は上映を中止させるために様々な圧力をかけたという。

 2時間半以上の長尺だが、ストーリーの面白さに引き込まれて長さ自体はあまり気にならない。しかし“陰謀”の黒幕が結局誰だったのか明確にならないとか、ワイガンドに対する中傷や脅迫が本当にタバコ会社の手による物だったのかわからないという、煮え切らないエピソードも多い。現実の世界の中で事実関係が明らかになっていない以上、あまりその因果関係について明言するのはまずいという判断なのかもしれない。しかし「何者かわからない相手から脅される恐怖」も、この映画からはあまり伝わってこなかったのが残念。ほんの少しの脅しに簡単に屈してしまう普通の人々を描いた部分で、この映画はあまり観客の共感を誘わないのだ。たぶんこの映画の作り手たちは、脅迫に堪えきれず夫から離れていったワイガンドの妻が好きになれなかったのだ。でも僕は、彼女のような弱い人間たちをもっとしっかり描いてほしかったと思う。人間は弱いのです。僕だって大企業から脅されて命の危険を感じたら、自分の理想や理念なんて捨てて、早々に逃げ出すかもしれない。観客のほとんどは、ワイガンド夫人と同じ選択をすると思う。そうした弱い人間だからこそ、強い人間を尊敬し、彼らのようになりたいと思うのではないだろうか。

 この映画を観ると、「言論の自由」や「報道の自由」がいかに大きな努力の上で成り立っているのかがよくわかる。理念やお題目だけで、こうした自由は守れない。ジャーナリストや情報提供者たちが自分の名誉や時には命まで懸けた行動をすることで、言論や報道の自由が辛うじて維持されているという現実。人権や自由を叫ぶだけでそれが手にはいると考えている人たちは、この映画をぜひ観るべきです。

(原題:THE INSIDER)


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