ヒマラヤ杉に降る雪

2000/01/24 UIP試写室
第二次大戦中の日系人差別を背景とした社会派ミステリー。
工藤夕貴がヒロインを好演している。by K. Hattori


 『シャイン』のスコット・ヒックス監督最新作と言うよりも、第二次大戦中アメリカに実在した日系人収容所と日系人差別の問題を、イーサン・ホークと工藤夕貴主演で描いた悲恋物語と言った方がわかりやすいだろうか。原作はデビッド・グターソン。脚色はヒックス監督本人と、『レインマン』のロン・バス。脇役にジェームズ・クロムウェル、マックス・フォン・シドー、サム・シェパードなどがずらりと揃って、若手をしっかりとサポート。美術と撮影の仕事も素晴らしく、抑えた色調の中で秋から冬にかけての風景を映し出していきます。

 第二次大戦中、アメリカには敵国であるドイツ系の移民もイタリア系の移民も存在したのに、財産を没収されて収容所に隔離されたのは日系人だけだった。これは明らかに人種差別です。この政策についてアメリカ政府は後に違法性を認め、1983年には1人あたり2万ドルの補償金を支払うことになり、日本でも大きく報道されたので知っている人は多いと思う。この映画の原作となった小説は1994年に発表されているが、執筆に10年かけたというから、まさにこの補償決定から生まれた物語とも言えるのではないだろうか。

 映画の中では、日系人の強制立ち退きと収容所入りの様子が、ナチスのホロコーストに例えられています。通りをトラックで運ばれていく人々。着の身着のままでボストンバックをひとつだけ抱え、小さな子供の手を引いて収容所へ向かう船へと列を作る日系人たち。これと同じ風景は、『シンドラーのリスト』の中でも観ることができます。ポーランドのゲットーからアウシュビッツに向かう人々の姿と、日系人の移送姿はまるでうりふたつなのです。これは明らかに意図的なものでしょう。収容所に向かう人々の服装はスーツやコートであり、着物姿はひとりもいない。子供が抱えているのはキューピーやテディベアであり、日本人形はひとつもない。この映画の製作者たちは、日系人収容がアメリカ版ホロコーストだと断罪しているのです。アメリカ人はドイツが何をしているのか戦争中は知らなかった。でも同じ戦争中、自分たちが日系人に対して行っていたことを、知らなかったと言い訳することはできないのです。

 この映画の舞台は1954年。ひとりの日系人が殺人事件の犯人として逮捕され、その裁判が始まります。裁判を取材する新聞記者と被告人の妻はかつて恋人同士。裁判の進行と同時に、ふたりの過去が少しずつ明らかにされてくるという構成です。裁判の行方を巡るミステリーと過去の恋愛物語が半々ですが、ふたつは固く結びついており、裁判と恋の背後にはアメリカ人の持つ日系人差別の問題が濃く影を落としている。古い時代を扱った映画ですが、この映画の大きなテーマになっているのは、人間が持つ偏見や差別の問題と、憎んだ相手をどう許し、心の傷を癒していくかという問題。単に過去の罪をほじくり出しただけの映画ではなく、今に通じるテーマを持っているところが立派です。

(原題:SNOW FALLING ON CEDARS)


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